宮中/優しさより尊いものを


 あなたの優しさは深くて、俺はいつもそれに囚われたような気分になる。
 深い深い夜空に沈む気がした。星たちがきらきらと浮かび、三日月が笑う。そんな空に俺はゆっくりと沈んで行く。そこに果てなど無く、留まることは無い。ただ、ゆっくりと沈むのだ。
 そしてその夜空はまさしく宮沢サンそのものなのだ。

 ぼんやりと散歩をしながら、夕日に染まる木々を見る。静かで拠点の屋敷から近い森の中、ひっそりとした山小屋に俺は泊りに来ていた。ここのところ見回りの当番が続いたので、そのお礼にと仲間たちが用意してくれたのである。確かに原因は用事が出来てしまったり体調を崩したりした仲間の当番を代わりにしたのがな訳ではあるが、ここまでされる程の重い負担にはなってなかったのになと思う。むしろ体を動かすことでストレス発散になっていたような気がする。
 ふと、少し離れた場所から俺を呼ぶ声がして、振り返れば宮沢サンが居た。そろそろ暗くなるから戻ろうかと微笑む宮沢サンに俺は頷く。

 苔生した石が転がる道を歩く。道は土がむき出しで、所々に草が飛び出していた。鳥の声と虫の音で耳が満たされ、しっとりとした森の匂いで肺が染まる。
「ごめんな」
 そう言えば、宮沢サンは少し目を見開いてから柔らかく言う。
「それはいいよ、ぼくの今回の仕事はきみのお世話だしね」
 これっぽっちも迷惑では無いと告げられ、俺はそれでもと続ける。
「でも、畑とかあっただろうし、俺はひとりでも」
 その時、ぽんと頭に宮沢サンの手が乗る。驚いて立ち止まれば、仕方なさそうに笑う宮沢サンがいた。
「畑は信頼できる人に預けて来たから大丈夫。それにきみが全てやっていてはゆっくり休めやしないよ」
 俺が何か言わねばと口を開けば、頭に置かれた手が動き、さらりさらりと髪を梳かす様に頭を撫でられる。その優しい手つきにどきりとした。ほんの少し心の何処かを見透かされたような目が、俺だけを映す。青と赤が混じる不思議な色合いの目を見つめ返して、漠然と理解した。
 これは、夜空より尊いものなのだ。
「ゆっくりお休み。きみは何の心配もしなくて良いんだよ」
 じわり、涙が滲む。ぽろり、零れた。宮沢サンは微笑む、微笑む。ぽろぽろ、ぽろぽろ。これは歓喜だろうか、後悔だろうか、懺悔だろうか、涙は決して免罪符になりやしないのに。気がつかなかったのはきっと俺だけなのに。
 涙を拭う。木々の隙間から夜の匂いがした。
「行こうか」
 だから俺は素直に頷き、あなたの愛に沈むことにした。

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