ラヴへ宮中/エスケープとでも言いましょうか/リクエストありがとうございます/海沿いを歩く話です


 ごとん、ごとん。列車に揺られて、俺は目を覚ます。おはようと賢治さんが笑って、そろそろだよと言ってくれた。賢治サンにもたれ掛かっていたことを恥ずかしく思いながら窓の外を見れば、広がるのは深い青の海。海でも行こうか、そう言いだしたのは賢治サンだった。

  列車から降りて改札口を通り、目の前に広がる海に息を飲む。こんな海沿いにホームがあるのかとか、太陽の光を浴びてキラキラ光る水面とか、流木が流れ着く砂浜とか。この世界にこんな場所があったのかと目を丸くすれば、賢治サンはさあ行こうかと俺の手を取った。
 導かれるままに歩き、海辺の砂浜を歩く。今日は天気が良いので、絶好の散歩日和だった。海の風にマントを揺らしながら、賢治サンは思い出したように話す。
「お昼に食べたサンドイッチ、美味しかったね」
「ああ、伊達が作ったやつだな」
「中原くんも手伝ったんだろう?」
「俺は具を並べて切っただけだぜ」
 だからそんなにと目をそらせば、賢治サンは立派じゃないかとクスクス笑った。
「具は色々あったんだよね、中原くんは何だったのかな」
「俺はハムと卵ときゅうり、だったと思う」
「豪華だね」
「賢治サンのは、ちゃんと野菜にしておいたから」
「うん、ありがとう」
 やっぱり中原くんの計らいだったんだねと微笑まれて、俺はうんとしか返せない。潮風に乗って、海の匂いがする。どこか寂しい匂いに、俺は口を噤んだ。
「夕飯は何だろうね」
「コロッケだってさ」
「すごいね」
「手間かかるよな」
 ジャガイモを蒸かして、潰して、形を整えて、小麦粉と卵とパン粉をつけて。油で揚げるときも爆発しないように気をつけなければならない。何だかんだで手間のかかる料理だ。
「楽しみだなあ」
「俺も」
 キラキラする砂浜を歩く。しばらく歩くと、見てごらんと賢治サンが浜の上を指した。ここは海辺の町。そんな町並みの中に、海の方を向いた喫茶店があった。
「お茶でもするかい」
 きっと海を見ながら過ごせるよと言われて、それは魅力的だなと俺は笑った。

 砂浜をさくさくと歩き、舗装された道に足を踏み入れる。ふと振り返れば砂浜には不器用な足跡が二人分残っていて、この世界に生きた印が残ったのかと胸が締め付けられた。
 ここは夢のような世界だ。だからこそ、俺は賢治サンに出会えた。現実だったら絶対に会えないその人と、出会えた。運命とか、幸運とか、必然とか、理由はどうでもいいと思う。ただ、出会えたこと、愛し合えることに感謝した。
「中原くん」
 どうしたのと顔を覗き込まれて、俺は何でもないですと笑った。潮風がマントを揺らす。賢治サンは今日も幻想に生きるかのような美しさを以っていた。

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