宮中/ストロベリータルトの歓喜/中原さん誕生日おめでとうございます!



 朝、心地よい目覚め。微睡みの夢は覚えていないけれど、とても幸せなものだったと思う。そんな確信ができるほど、穏やかな目覚めだった。
 ささやかなベッドから起き上がり、身支度を整える。いつものシャツにいつものコート。靴も靴下も揃えて、最後に帽子を被った。わりと身につけるものに拘りがあるので、俺は何でも無い日もこの格好をしていることが多かった。
 部屋を出て、途中ですれ違ったウィルバーやマーリンと朝の挨拶を交わしながら食堂に向かう。そこではガヤガヤと偉人たちが集まっていた。朝食の時間は1時間。その間に食べ始めなければならないが、食べ終える時間に決まりはなかった。

 伊達が作ったという食事を、手伝っていたグリム兄弟から受け取り、適当に空いてる席へと向かい、座る。朝からでも酒を飲みたいところだが、酒は夜だと紅一点の彼女から通達が出ているので仕方ない。
 今日は豆腐屋を買い占めでもしたのか、焼き豆腐が中心だった。豆腐の入った味噌汁や、箸休めのたくあん。それらをご飯と食べていると、隣いいかなと聞き慣れた声で問いかけられた。バッと顔を上げて確認すれば、それはやっぱり賢治サンだった。
「賢治サン! もちろんいいぜ」
「ありがとう」
 賢治サンが隣に座り、食事を始める。メニューは俺と同じだが、賢治サンが食べてる方が美味しそうに見えるのは、単に彼が今日の食事を美味しい美味しいと食べているからだろう。

 食事を進めていると、賢治サンがそういえばと口を開いた。
「もしよければこの後少し出掛けないかい」
「俺も一緒でいいのか?」
「もちろんだよ」
 行きたいと答えれば、良かったと賢治サンはホッとした様子になった。
 それからは今日賢治さんが行きたい場所を教えてもらいながら、ゆっくりと朝食を食べたのだった。


 いざ、お出かけ。最初は本屋だった。と言っても本を買うのでなく、取り寄せ注文をするらしい。なかなか置いてないみたいでねと賢治サンは残念そうだった。俺は賢治サンが手続きをしている間、その隣で大人しくしていた。簡単な書類にサインをする賢治サンは、何気ない仕草の筈なのにキラキラと輝いて見えた。
 次は出版社。どうやら請け負った仕事の原稿を渡しに行くらしい。郵送でも良かったのにと担当が言うと、賢治サンは手渡しの方が確実ですからと微笑んでいた。確かに、郵送で万が一の事があっては大変だ。
 最後は雑貨屋だった。

 アンティークのおもちゃを扱う雑貨屋は見ていてどこか心踊るものがあった。かつて、この雑貨はどのような家で、どのような人に手入れされてきたのだろう。たとえば、このランプは幾年もの時間、主人の机を照らしてきたのだろう。一つ一つ見つめては、その雑貨が生きてきた日々を夢想する。その度に、心が栄養を食べるかのような錯覚がした。
 そんなアンティークの照明に照らされた店内で、ふと指輪に気がついた。丁寧に絵付けされた小皿に、一つだけ置かれた指輪には、青と赤が混じったようなガラス玉が埋め込まれている。その色味がどこか賢治サンの瞳の色に似ていて、俺はほうっとその指輪に惹かれた。
「指輪が気に入ったのかい」
 賢治サンの優しい言葉に夢心地で頷けば、なるほどと彼は店主に声をかけた。
「これをくれるかな」
「えっ」
 思わず顔を上げれば、店主に代金を渡す賢治サンがいた。一体何が起きたんだと頭がぐらぐらぐるぐると混乱していると、彼はそんな事は知らずに笑顔で戻ってきた。そして指輪をその細長い指で持ち上げ、もう片方の手で俺の左手を持ち上げると、俺の薬指に指輪をはめた。
「うん、ぴったりだね」
 そしてそのまま、俺の手の指先に唇を寄せる。
「わ、え、賢治サン?!」
 戸惑いの声を上げれば、賢治サンは顔を上げて微笑んだ。そのとろりと艶めく青と赤が混じる目を見てしまったら、この指にはめられた指輪がまるで婚約指輪のようだ何て思ってしまった。


「夕飯は何だろうな」
 帰り道、話題に困ってそういえば、賢治サンはそういえばと軽やかに語った。
「カレーだって聞いたよ」
 そうして、楽しみだねと微笑むから、俺はああ楽しみだなと何とか返事を返したのだった。





いちご→尊敬と愛

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