マガイ戦争・弐/続編/宮中要素が薄い/会話中心/書きたいシーンのみ/趣味に走りすぎました


 王国の庭、男と少年がテーブルを挟む。用意されたティーセットを楽しむ二人は楽しそうな顔で言った。
「“運命”が子供を選んだな。」
「“マガイ戦争”が始まった。人々の手をマガイ達は振り払い、見限った。」
「しかし一部は残っている。」
「“死”を司るマガイはもういない。」
「ああそうだ。“死”以外は我々人類に手を差し伸べた。」
「愚者から手を離し、勇者を選んだ。」
「選ばれた我々のやるべき事は明確で明瞭な唯一つ、だな。」
 少年はにこりと笑み、男は眼鏡の奥を細めてうっすらと笑った。
「戦争を和平へと。」
「女王閣下(我々)に平和を。」
 そして彼らは席を立ったのだった。


………

 とある村、路地の一室。
《どこへ向かうつもりだい?》
「まだ決まってない。とにかく、逃げないと。」
 少年、中原の言葉に宮沢はそうなんだと困り顔だ。その顔を見て芥川は苛立たしさを隠そうともせずに口を開く。
「そもそもお前が中原の骨に文字なんぞを刻まなければどうとでもなった。」
「芥川君、あまりに言い方が悪いよ。」
「しかし先生、レントゲンの撮った写真を見たでしょう。」
「まあ、それは、驚いたね。」
「それだけですか。平和呆けもいいところだ。」
「あのね、私も事の重大性ぐらいは分かっているつもりだよ。」
 夏目がこめかみをピクピクとさせながら言うので、まあまあその辺りでと安居が仲裁した。そこで太宰が部屋に戻り、写真は間違いなく焼却したと言った。
 ここはとある村にある闇医者の集会場。とは言っても集まるのはレントゲンと森鴎外だけであるが。
 太宰に続いて森が部屋に入る。
「中原君の状態だけど、全く異常はみられなかったよ。骨に刻まれた文章以外はね。」
「文章はやはり、あの本かい。」
「ええそうです。夏目さんが最初に察した通りで、ルーペで見ればまあ一発で読めます。あれだけ明瞭な文字とはまた。」
 肩を竦ませるという戯けた動作をしながらも心の底から驚いている森を横目に芥川が口を開く。
「中原を引っ捕らえてその骨を取り出せば丸々あの本を手に入れたことになるわけだ。」
「芥川君はもう黙ってて。」
「骨を取り出さなくても、中原君を捕らえれば本を手に入れたも同然だね。」
 森の訂正に、渦中の中原はぼそりと呟いた。
「でも、俺の体に異常はないんだろ。それなら俺、どこまでも逃げてやるよ。」
 中原の言葉に、いやいやと安居が止める。そういうことではないのだと。
「逃げるのは構わないけど、後のことを考えて。逃げ延びたとしてもいつか死んだ時に、君のその骨が残るわけだよ。」
「でもその頃にはもう何十年も経ってるだろ。だったら本のことも忘れられてるんじゃねえの。」
「忘れられてるわけがないでしょ。そもそ何十年も生きていられるかなんて分からないよ。人はいつ死ぬか分からないんだから。」
「じゃあどうすればいいんだよ!」
 中原の叫びに、芥川が冷え冷えとした声を出した。
「その答えを、そこのマガイが知っているのではないか。」
 芥川の視線の先には地に足をつけた宮沢賢治が居た。宮沢は申し訳なさそうな顔をする。
《ぼくにも分からないんだ。ごめんね。》
「何を言う。本はお前自身なのだろう。」
《それなら人間は自分自身の何もかもを知っているのかい?》
「ちょっと待って。険悪な雰囲気はやめよう。」
「安居君の言う通りだよ。あと芥川君は本当にもう黙ってて。嗚呼その口を縫い付ければいいのかな。ねえ森さん。」
「いや、私はやらないよ。」
「じゃあ針と糸だけ貸してくれるかい?」
「ああもう、夏目さんも落ち着こうか。」
 森が頭を抱えそうになったそこで再び中原が口を開く。とりあえずここを発つべきではないか、と。
「次の行き先を早く決めて発たねえと。俺、このままだと何処にも居ちゃいけねえだろ。この村がもし狙われたら……。」
「中原、落ち着いて。きみ結構ストレスかかってるよ。」
「そんなことねえよ。安居でもそういうの外すことあるんだな。」
「何言ってるのさ。自分の骨に文字なんか浮き出てたら誰だって動揺するし、ストレスになる。中原はまだ幼いし、何より写真も見ちゃったし。」
「あの写真は俺こそ見るべきだろ。自分に起きてることぐらい知りたい。それに事実を知っただけだからストレスなんか。」
「中原。」
 今まで黙っていた太宰が中原の肩に手を置く。中原は何だと太宰を見上げた。二人がお互いを見つめていれば、中原の瞳がゆらりと揺れた。太宰が中原の肩をぽんぽんと叩く。ぼろり、涙が零れた。
「中原、泣こう。辛いなら、泣けばいい……。」
「でも、俺、こんなところで泣いてる場合じゃねえよ。」
「頑張ってる。中原は、頑張った、から。」
 そこで安居も中原に近づき、口を開く。
「此処が嫌なら隣の部屋に行こうか。大丈夫。中原がそういうところを見せたがらないことは分かってるさ。兄弟みたいなものだからね。」
 二人に付き添われて中原が隣の部屋に移動すれば、残っていた宮沢がじゃあぼくもと移動しようとして、森がそれを止めた。宮沢は森へと振り返る。
 森は宮沢をその目で射抜くように鋭く見つめ、口を開く。
「きみはマガイなのかな。」
《それはどういうことかな?》
「理由は至極簡単だ。人間に似すぎた姿もだが、何よりもその言葉だ。マガイは殆ど喋ることが無い。なのにきみはとてもよく喋る。」
《それはその必要があるからだね。》
「必要とは何かな。」
《それはきみに言う必要は無いね。》
「ならば誰になら言うのかな。」
 そうだなあと宮沢は考える素振りをし、にこりと笑みを浮かべた。
《中原君になら言うよ。いや、彼にしか言うつもりはないというのが正しいね。》
 何故ならあの子はぼくの選んだ子供なのだから、と。


………

 村の酒場。ガヤガヤと賑やかなそこで中原は宮沢と共に食事をとっていた。もちろん二人だけでやって来たわけではないのだが、共に食事に来た安居は丁度追加の料理を注文しにカウンターに向かっていた。
 中原は温かなシチューを木のスプーンで掬い、口に運ぶ。宮沢は食事をしないマガイなので炭酸水を飲みながらそんな中原を楽しそうに見ていた。時折言葉を交わす二人だったが、賑やかな酒場の中、誰かが向かってきたことに気がついてそちらを見た。そこにはチェックのコートを着た少年と、眼鏡をかけた男。一緒してもいいかいと言う少年に、連れがいると中原が言えば、ならその方も一緒にとテーブルにコップを置いた。少年のコップの中身はどうやらスパイスの効いたチャイで、男の方は甘いココアだった。中原が意外な顔をすれば、少年は笑顔で口を開いた。
「乱歩君は案外甘党なところがあってね。嗚呼、ワタシはコナン。こちらは乱歩君だ。」
「それは、どうも。」
「キミの名を聞いても?」
 コナンの問いかけに、中原は少し考えてからまあいいかと素直に中原だと答えた。その答えにコナンは満足したらしく、そうかそうかと笑っていた。
「もしかして、だけれど。キミたちはこの先何処へ向かうかまだ決めていないのではないかな?」
「え、何で。」
「イヤなに。ただ、旅人ならそういうこともあるだろう。ねえ乱歩君。」
「そうだな。よくあることだ。」
 中原はそうなのかと宮沢を見上げ、宮沢はそうだねと同意した。そんな様子を見て、ならばとコナンは言う。
「隣の国向かうのはどうかな? とても穏やかな女王が治める国だよ。聞いたことはあるだろう?」
「まあ、あるけど。」
「最近は派閥争いも起きているらしいが、それは何処の国でも同じだからね。少なくともこの国より隣の方が安定してるよ。」
「そうなんだ。じゃあ行ってもいいかも。なあ、賢治さんはどう思う?」
《いいんじゃないかな。よし、皆に伝えてみようか。》
「そうだな!」
 中原がそう言ってコナンへと向き直り、情報をありがとうと礼を述べれば、コナンはいいさと笑う。
「もし国に着いたら女王に謁見してみればいいさ。午後の一時から二時は誰でも女王に会える時間だからな。」
「へえ。変わってんな。」
「少し風変わりな国だからね。じゃあワタシ達はそろそろ出るかい乱歩君。」
「飲み物を飲み終えたからな。それでは失礼。」
 去って行く二人に、中原はいい人達だったなと宮沢に語り、宮沢もそうだったねと笑った。


………

 女王の国。その国に点在する城の一つ。静かな一室で乱歩とコナンは中原達を前に語る。
「人類はあまりにマガイについて知らないことが多すぎると思わないかい。」
「それはあまりに異質なのだけれど、あまりに単純な理由に基づいているのだ。」
「マガイが人間と合流しようと思わないからだ。」
「マガイはそもそも人と良好な関係を築こうとする存在ではない。むしろ、マガイはただの興味だった。」
「マガイの気まぐれで俺たち人類は発展した。そして、あまりに文明を高度にしてしまった。」
「マガイにとって良くない方向に傾いた。だからマガイは自分たちの不始末を片付けようと動き出したのだ。」
「それが“マガイ戦争”の本質。」
「マガイ戦争は始まったのだ。もう既に殆どのマガイが人の手を振りほどいた。離れ、何の対抗力も持たない人間を殺し始めた。」
「しかし離れなかったマガイがいることをキミ達は身を持って知っているだろう。」
 二人は笑う。
「離れたマガイ、つまり大多数のマガイが司るものは“死”だったのだ。」
「それ以外は人を見限ることがなかった。そう、キミたちに手を貸している、キミたちのマガイのことだ。」
「例がほしいのならばワタシと乱歩君のマガイが司るものを教えよう。」
「俺たちのマガイはそれぞれ違うが、全く同じものを司る。それは“解析”。」
「さあ、もうワタシたちの目的は分かっただろう。」
「そこの宮沢賢治の名を得たマガイ。きみこそが“運命”を司るマガイだということを俺たちは“解析”のマガイを以って知っている。」
「”運命”はマガイ戦争のトリガーを務める。同時に、“運命”はその終焉の鍵も握る。否、鍵を選ぶのだ。」
「それが子供。運命に選ばれし、戦争を終焉に導く唯一無二の旗印。」
「伝えよう、少年、中原中也。きみこそがその旗印たる子供なのだ。」
「そう、きみが“運命”の“子”だ。」
 さあ、旗印であり鍵たる運命の子よ。その働きを我らが女王閣下は望んでいるのだよ、と。

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