宮中/二者同一


 寂しい、歌だ。
 公園で見かけたその人が歌っていた歌は、聞いたことがないのに物悲しくて胸が締め付けられた。俺はその人の名前を知らない。ただ、青に赤の混じる優しい目をした人だと思っていた。
 その人の歌はどこか自分が好きだと思う作品と似ていた。その作者は宮沢賢治。きっとあの人の歌も創作なのだろう。似た雰囲気の作品を創る人もいるのだなと思った。
 そしてある日、その人を見かけなくなった。

 彼女曰く、操られている偉人がまた見つかったらしい。そのパーティの一人として、彼女は俺を選んだ。素直に加わった。
 アビン達を倒し、とうとうその偉人と対面する時が来た。そして俺は目を見開く。
 あの人、だった。

 彼女の指示の元、あの人と戦う。あなたの目から光は消えていた。あんなに、澄んだ目をしていたのに。あんなに優しい目をしていたのに。
 叩きつけられて、頭が揺れる。思考が混濁しそうだった。彼女の声がする。仲間の声がする。
 あなたの物悲しい歌を思い出す。
(嗚呼、そうか)
 あなたは寂しかったのだろう。一人だったのだろう。だったら、止めなくては。
(優しいひと、なのだろう)
 あなたがこれ以上悲しまないように、俺はあなたを救い出すのだ。たとえそれが俺の独りよがりだとしても。

 全てが終わり、あなたが倒れる。近寄って、あなたが操られていないことを確認してホッとする。良かったと素直に思った。
 何人かでその人を屋敷に運び、それぞれ看病と休憩をする。俺は看病をしようとして止められた。休んでいてほしいと言われた。

 一人きりの部屋で大好きな作品を読む、宮沢賢治の言葉はどれも好きだと思った。やっぱり、俺はこの人が好きなのだと。本を仕舞い、その背を撫でるように見た。少しだけあの人の姿がチラついた時には、意識が薄らいでいた。

 ノック音がする。扉が開く音がする。ぼんやりと覚醒していく頭を起き上がらせる。どうやら机にうつ伏せで寝ていたらしい。入ってきたのは誰だろうと振り返る。目を、見開く。
 あなただった。
 あなたは優しい声色でお礼を言う。俺は良かったと素直に言った。助かって良かった、と。あなたは少し嬉しそうにして、そうだと言う。
「ぼくは宮沢賢治。きみは?」
 俺は驚いて動けなくなる。あなたは今、何と言ったのか。
 不思議そうにするあなたに、俺は震える声で告げた。
「俺は、中原中也、です」
 しどろもどろのそれに、あなたは優しい顔で言ってくれた。
「中原君、これからよろしくね」
 何もかもが、優しい人だった。

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