宮中/酒を煽る青年



 甘い香りにむせ返りそうだ。思わず呻けば、隣の宮沢サンも似たような気分らしく、半歩下がっていた。部屋の中、正しくは台所に充満する香りは間違いなく甘ったるいチョコレートだ。振り返ったのはガリレオで、何やら悪戦苦闘しているらしい。邪魔だろうからと酒とコップだけ持って退散する。隣の宮沢サンは作り置きで置いてあるツマミを持ってきてくれた。
 空いている部屋を探して歩き、適当な部屋の障子を引けば中は無人だった。これ幸いと二人で部屋に入り、明かりを着けて座った。現在は夜中の一時。まだ騒がしい屋敷の中で、比較的静かな部屋に入れたのは幸運としか言い様がない。
 酒を注いで飲み干せばペースが早いと言われる。宮沢サンはツマミのついでに持ってきたらしい炭酸飲料をコップに注いでいた。

「それにしても、いきなりチョコレートだなんて。ガリレオ君はどうしたのだろうね。」
 ポツリと宮沢サンが言うので俺は嗚呼と納得する。この人はこういうものに疎そうだしなァとバレンタインのことを伝えれば案の定、ぼんやりとした話しか出てこなかった。曰く、なんかそういう言葉聞いたことがあるというものだ。人はそれを知らないということとも言うんですよ宮沢サン。
「女が好きな男にチョコレートをあげる日だった筈です。ま、あの子から聞いただけだけどなア。」
 注いだ酒をくいっと飲めば無言でツマミが差し出される。確かに食べないと体への負担が重くなると言うが、そこまで押し付けなくても。でも手を伸ばし、そっと口に運んだ。宮沢サンが選んだツマミだと思うと何だかいつもと違う気がして首を捻る。気のせいだろうが、何だかモヤモヤとした疑問が残る。ま、とりあえず酒が呑めればいい。そう思って酒を注いで瓶をテーブルに置けば、宮沢サンがコップを口元から離しながら呟いた。
「ならぼくは中原君にあげなくちゃね。」
 言っている意味が分からなくて手を止めれば、宮沢サンは続ける。
「嗚呼でもチョコレートを手に入れるのが難しそうだ。ガリレオ君に聞けばどこに売っているか分かるかな。」
「お、おい、宮沢サン落ち着けよ。それは女が男に送るってやつで。」
 慌てて言えば、遮るように宮沢サンの手にあったコップが寄せられる。唇に触れそうな距離で、宮沢サンは笑った。
「今はこれで我慢してくれないかな。朝になったら調達しに行くからね。」
 ニコリとした笑顔に、コップから酒気がすることを俺は気がついたのだった。

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