宮中/それは体内回帰せず


 拾ったそのパーツはパズルのピースではなく、色はおろか形も無いもの。
 ぽろぽろときみからそれが落ちていっていることに気がついたのはいつだっただろう。一言、喋る度に小指の爪より小さな欠片が空を舞った。きみがそうやって舞わせた欠片たちはやがて地に落ちて、氷の結晶が溶けるように消えた。それを見て、何となしに勿体無いと思ったぼくはある日空を舞うその欠片を手に取った。するとそれがほのかに発光していることに気がつく。温もりさえ感じるようなその柔らかな光は太陽よりも優しいように思えた。
 それからぼくは空を舞うきみの欠片を集めた。瓶に仕舞って、大事に机の上に置いた。瓶に入れた欠片は何故か消えることなく、少しずつ溜まっていった。嬉しくて誰かに教えたくなったけれど、あまりむやみに言うのは良くないと考えた。だからぼくはぼくらを導いてくれた彼女にだけ伝えた。瓶を見せて笑えば、彼女はきらきらと目を輝かせ、そして不思議そうに首を傾げた。
「これは何の欠片なんでしょう。」
 彼女が言った言葉に、ぼくはぐるりと世界が回ったような気がした。酩酊のようなそれ、ぼくはこの欠片が何なのか考えたこともなかった。

 それらのことが会ってから、初めてきみの部屋に入った日。ぼくはその光に目が眩んだ。きみから出ていた欠片より大きな、手のひらほどの欠片たちがごろごろとその部屋には転がっていた。無秩序に転がるそれらをきみは気にせずぼくのために椅子を出してくれた。何もない部屋だと言うきみに、ぼくはきみにはこの欠片が見えていないのだと分かった。
 あの小さな欠片から感じた、温もりすら感じるような光はこの部屋の大きな欠片たちからは感じず、より強く、突き刺すような痛みを感じる光となっていた。心がちくちくと刺激されるようなそれだが、決して不快なものではなく、どこかノスタルジーを思い起こさせるものだった。きみはその光に包まれた部屋の中で、少しだけ待っていてもらえるかと言って机に向かった。何か物書きをしているらしいと思った、その背中をぼんやりと見ていたその時。
 ごとりときみの背中から欠片が落ちた。それは手のひらぐらいのもので、部屋の中のどれよりも強い光を放っていた。息を吐いてくるりと振り向いたきみは何かが取れたかのような、疲れきった笑顔で待たせてすまなかったと言った。飲み物を持ってくるとよろめきながら立ったきみを引き止められず、部屋から主が居なくなってからぼくは机の上を見た。そこにはできたばかりであろう、きみの詩があった。
 ぼくはあの欠片が何なのかを知った。

 それから程なく、きみは体調を崩した。お見舞いに行けば、眠ったきみと坂口君が居た。こちらを見た坂口君は部屋の中を埋め尽くす欠片を指差して、見えるのかと聞いた。頷けば、坂口君は苦笑した。教えておけば良かったな、と。
「あれは中原が生み出した言葉なんだ。」
 勘付いていたそれに頷けば、さら坂口は続けた。
「同時に、あれは中原の命なんだ。」
 言われて、分かった。詩を書く度、言葉を生み出す度、彼は全てをそこにつぎ込み、そしてそれは命となる。
 その命は自分の命を削って出来ているのだと。

 坂口君が出て行った部屋の中、きみの青ざめた寝顔を見、欠片たちを眺めた。洗練され、純粋さの塊となったそれは見た人を傷付けるほどに強烈でありながら、かつての幼心を思い出させる。きみはそれを望んで創り出し、望んでその命を削る。
(嗚呼、何て、ひたむきなのだろう。)
 いっそ潔い程に周囲のことなど気にしない、その作詩への態度は、きっときみのあるべき姿だ。
(何て、哀しいのだろう。)
 目を閉じたきみの口は、穏やかな弧を描いていた。

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