宮中/6.いつ人が来るか分からないのに


 台所、中原君が酒の肴を軽く作っているところ。散々玄白先生に言われた中原君は酒に肴を用意するようになった。そんな背中を見ていると、ふと白い項(うなじ)が気になった。ふらりと立ち上がり、そっと近付くと吸い寄せられるように指で項を撫でた。吃驚して体を揺らした中原君は勢い良くぼくを見上げる。その頬はほんの少し色付いていて、なんて愛おしいのだろうかと思った。可愛らしいのではなく、心の中の愛情を司る部分を刺激されるようなそれは何とも危ういようで、美しい。
「宮沢サン、はいよ。」
 渋々つまんで差し出されたそれはチーズの一欠片。人がいつ来るかも分からないこの場所で、なんと危ういのだろうと思い、苦笑するものの中原君は手を引くことはなかった。やがてぼくはそのチーズを食む。ほろりとしたチーズの先、どうしても触れた指先は、何だか甘いような気もした。

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