さこみつ/はじめてのおつかい
左右の判断が微妙ですが筆者はさこみつのつもりです。



 三成様の手にはメモ。俺の手には布製の袋。財布は三成様の懐の中。つまりはそう、三成様のはじめてのおつかい、である。

 いや、生まれて初めてとかそういうのではなく。この世界に来てから初めてのおつかいだとか。無駄に人手も男手もある共同生活。三成様のように元々誰かを従えていた人はだいたいそういった雑事が回っていかない。というか坂口安吾曰く、オレのように誰かに仕えていた人間がせかせかと働き過ぎるのが原因らしい。折角の共同生活なのだからと料理を嗜む伊達政宗が言い出し、当番表なるものが出来た。もちろん無駄に人がいるので幾つかの班に分けたり、料理など個人スキルが必要なものは持っているもので回すらしい。かくして当番が回ってきた三成様は初めて雑事ことおつかいが出来ると嬉しそうなのである。そもそもずっと自分も何かしたいと思っていたらしく、当番表を作る時から楽しそうであった。確かに黙って世話されるだけの人では無いので、ある程度は分かるが、少しはこちらの胃の心配もしてほしい。色々と不安もあるし、そもそも自分がいるのに主君にやらせるなんて以ての外の思考持ちなのだ。お願いだからのんびりと縁側で夏目漱石と茶を飲んでいてほしい。
「左近、酒屋はあそこかな。」
「はい。杉玉のあるところです。」
 頭に買う物なんて入り切っているだろうにメモを確認するマメな三成様を見ながら、袋の中を確認する。袋の中には同じように布製の袋が五つ。全部で六つのそれの二つを使う予定である。酒類はやたら呑む住人を考えて三つの酒屋を贔屓にしている。呑む酒も料理酒類も大量に頼むので、いつも運んでもらうが今日はたまたま料理酒が切れたのでそのおつかいだ。最初に重いものはどうなのかと思うかもしれないがオレも三成様もきちんと鍛えているし、これから買い物に向かう店々の立地上、酒屋を最初にすると手際が良かったのだ。
 酒屋で料理酒を二つ頼めば、今日は見ない顔がいるねと豪快に笑われた。三成様はそれに今度から私も来ますのでと微笑んで返しており、そのやけに楽しそうな雰囲気に胃が痛かった。いや、ここで三成様が何か立場に付かれているわけではないことは分かってはいるのだが、頭が痛くなりそうだ。
「次は八百屋か。買う物は、レタス、えしゃろっと、るばーぶ、ずっきーに……これは野菜なのか?」
「海外勢が食べたいと言った野菜です。板垣退助曰くあの八百屋ならばあるのでは、と。無かったら買わなくて良いそうです。」
「レタスは食べたので分かるが……」
「考え込まないで行きましょう。」
 どうせオレも三成様も分からない野菜である。
 結局、八百屋にはレタスとルバーブとズッキーニはあった。見慣れぬ野菜ばかりで店主に絶え間無く質問をしていた三成様に胃が痛かった。興味津々なのは良いのですが台所に立つとか言わないでください本当に我が主君が台所に立つのはちょっと頭が痛い。ほくほくと楽しそうに暖簾を潜る三成様に続いて外に出れば後は甘味を頼まれていただけのはずだ。
「甘味は落雁と飴と、ぱうんどけーき?各30個と書いてあるが、子供分にしては多くないだろうか。」
「子供より甘味をやたら食べる人が居ます。」
「夏目先生、杉田先生に怒られてしまうのでは。」
「大目玉食らうのは承知の上でのその数でしょう。ちなみに注文は既に電話でしてあるそうです。」
「受け取って代金を払うだけなのだね。」
 嬉しそうに歩き出す三成様に続く。本当に楽しそうなのだが、その手に荷物があることに胃が痛かった。お手を煩わせてしまっていると考えてしまうのは職業病というやつだろう。杉田先生が私たち配下勢に耳にタコが出来るほど言っていた。
 甘味屋は注文分を受け取って三成様が代金を払う。オマケにどうだいとみたらしを二本もらえたので店内の椅子で食べた。三成様が長椅子に座ったので床に座ろうとすると三成様に隣に座ればいいと言われたのだが、流石にそこまで割り切れていないので空気を読んで店主が持って来てくれた簡易の椅子に座った。
 みたらしを食べて礼を言って店を出る。時間は昼前、このまま帰れば十分に目標の夕餉に間に合うだろう。三成様もそう考えたらしく、早めに帰ってしまおうと言われた。
「手は痛くないかい?」
「お気遣いありがとうございます。三成様こそ、」
「私は大丈夫だよ。鍛錬もきちんとしているしね。そうだ、少し土手を歩こう。川がよく見えるのではないかな。」
「わかりました。」
 土手の上へと上がれば太陽で輝く川が見えた。それなりに大きいその川は水がとても澄んでいる。夏には子供勢を中心に川遊びをする計画もあるらしい。ふと、三成様が呟く。
「平和な世だ。」
 その言葉に何も返せずにいれば、ひょいっと草むらから頭が飛び出す。アビンかと一瞬警戒したが、すぐに正体が分かる。虫捕りをしているファーブルだ。隣にはゴッホとミケランジェロも居て、どうやら虫のデッサンをしているらしくもくもくと鉛筆と木炭を動かして大量のデッサンが生み出されて行く。圧巻のそれに三成様と少し見惚れたが、自分たちにはおつかいがあるからと静かにその場を通り過ぎた。

 屋敷に帰れば板垣退助と中原中也に迎えられる。どうやら希望者に料理を教えることになったらしく、三成様が目を輝かせたが、オレの顔色で二人は察したらしく、丁度江戸川乱歩が坂口安吾の囲碁の相手を探していたのでそちらに三成様を誘導してくれた。有難いが三成様が完全に料理を興味を持ったことが分かったので胃が痛かった。

 何はともあれ、三成様のはじめてのおつかい、完了である。

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