詩詠い/マーリンと中原


 中原は言葉を紡ぐ。言葉を口にしながら音を確認していると、パチパチと拍手が聞こえた。驚いて振り向けば黒髪に白のメッシュが入った男、マーリンが立っていた。中原は此処が自分の部屋であることを確認し、どうしたのかと聞いた。マーリンは扉が少し開いていたよと笑い、コツコツと気の床を鳴らして机に向かう中原に近付く。
「すごく綺麗な言葉だったね。これは詩かな?」
「あ、ああ。そうだけど」
 へえとマーリンは広げてあったノートのページを見る。目の前でまじまじと己の作品を見られ、中原は少し居心地が悪くなる。恥ずかしいというより、何と無く居た堪れないのだ。
 その様子にマーリンは目敏く気付き、ごめんねと謝罪する。中原は別にいいけどと早口に言うとノートを片付けようと手を伸ばす。しかしその手は第二者であるマーリンに止められた。中原が訝しげにマーリンを見上げれば、彼はにこりと笑ってお願いがあると告げた。中原が繰り返せば、マーリンは続ける。
「ひとつ、音読してくれないかな」
「……は?」
 中原の思わず漏れた声にマーリンは苦笑し、もう一度聴きたくてと告げた。
「とても不思議な気分になったんだ。まるで魔法を最初に知った時みたいな、そんな不思議な気持ちに」
 中原はその言葉に考え込む。中原はマーリンにとって魔法がどれだけ多くを占めるのかを知っていたからだ。やがて中原は了承した。
「そうだな、あっちにあるやつの中から選んで、」
「いや、このノートの作品が良いのだけど」
「え、でも」
 中原はそれは草案だと告げれば、マーリンは自分はそれが良いのだと笑う。それが理解出来ずに中原が眉を寄せれば、マーリンはひとつだけだからと再度提案する。中原はそれならばとノートを開き、パラパラとページを捲る。そしてその中でも比較的気に入っている詩を見つけ出すと、これなら読んでも良いとそれを指差して言った。マーリンはその詩を黙読すると、嬉しそうに頷いた。中原はホッとして、そっと口を開く。

 中原の声が紡ぐのは、遠い故郷を思う詩だ。

 最後の一音まで言葉が部屋に広がれば、少しの余韻を置いてマーリンが手を叩く。ゆっくりだが紛れもない拍手に、中原は胸が擽られる気がした。マーリンは拍手を終えると、中原にありがとうと微笑む。
「とても美しい詩だと思ったよ。もしそれが完成したら、その完成した詩を聞かせてくれないかな」
「ああ、分かった」
 中原の反応にマーリンは嬉しそうに約束だよと言い、そっと小指を差し出した。それを見て中原は知っているのかと聞く。マーリンは教えてもらったのだと微笑んだ。
 中原とマーリンの小指が絡み、歌を二人で紡ぐ。最後まで歌えば、二人の小指がするりと解けた。
「お邪魔してごめんね。もう行くよ。」
「ああ。見回りか? 気をつけろよ。」
「うん。ありがとう。」
 じゃあねと手を振ってマーリンは中原の部屋を出る。閉まる扉を見守ると、中原は再び机に向かった。そしてノートを開くと、再び言葉を紡ぎ始める。その手は止まらず、さらさらと字を書いていく。昼の日差しが窓から差し込み、時計の針は11時半を指していた。

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