何も望んでなどいなかったのに

花♀→今♀/何も望んでなどいなかったのに/捏造中学生時代/一人称と口調はそのまま。身長は-10をイメージしてますが、特に描写はありません。今吉さんが中学生時代は髪が長かったことになってます。
タイトルはCock Ro:bin様からお借りしました。


 今吉先輩。そう呼ぶと、どうしたんと振り返る。花宮は、今吉に何も望まなかった。なのに、今吉は花宮に声をかけ続けた。女性としてのいろはも、猫被りも教えてくれた。中学生時代の、人格形成に最大の影響を与えた人物だろう。
 空き教室にひっそりと入って、二人きりで昼食だ。弁当箱は二つ。どちらもそこそこに大きい。

「桐皇に行くんですか」

 一つ、質問すれば、今吉は、せやでと、頷いた。
「推薦もろてん。目指す大学に行くにも、丁度ええ学校やし」
「俺は、行きません」
「せやろな」
 離れたくない。そう伝えたら、今吉先輩は困るだろうか。困ってくれるだろうか。花宮には分からなかった。
「何や、感傷にでも浸っとるん? まだ卒業式も遠いで」
「そう、ですね」
「花宮」
「なんですか」
 今吉は笑っていた。
「髪、切ろうと思ってんねん」
「は、」
 艷やかな長い黒髪は今吉のトレードマークとも言えた。それを、切るだって?

 花宮は信じられない気持ちで今吉を見ていた。今吉はストレートの下ろした黒髪を、部活中は纏めているその髪をさらりと摘む。

「寮に入ったら長髪は手間やろ。それに、一度ショートにしてみたかったんや」
 花宮は、応援してくれる?
 今吉の問いかけに、花宮は目をそらさず頭を横に振った。
「嫌です」
「わはっ、そう言わんと」
「元から俺の意見なんか聞く気が無い癖に」
「まあ、決定事項やからな」
 でも、応援ぐらいはしてくれへんの。そう笑う。目は細められたまま、笑みはいつもの温和なもので。花宮は頭がクラクラとした。この先輩の、ショートヘアなど、考えられなかった。
「そこまでして、」
「ん?」
「そこまでして、中学生時代を終わらせたいんですか」
 無かった事にしたいのか。そんな問いかけに、今吉はせやなあと笑ったまま。
「ワシの世代は無冠とキセキに埋もれとる。これは高校でも変わらんやろな。でも、少しはイニシチアブ、取ってみたいやん」
 長い髪を、願掛けを切り落として、今吉は生まれ変わるのだ。
「桐皇で王者になるために、何でも出来る子(ひと)になったるわ」
 その傲慢さに、花宮は、この人はと改めて思った。
「俺や、キセキを恨まないんですね」
「未来志向は良いことやろ?」
「ええ、先輩らしい」

 らしくて、嫌になる。

「俺にまで、ずーっと猫被りですか」
「世渡り上手って言ってや」
「嘘つきばっか」
「そんなんは世界に溢れとる」
 なあ、花宮。学校の空き教室は、微睡みの中。今吉は弁当箱を仕舞いながら、言った。
「花宮は変なとこで純粋やから、心配になるわあ」
「酷いですね」
「ワシが居らんくても、少しは息抜きせえよ」
 ま、卒業まで時間はたっぷりある。今吉は、思う存分甘えてええでと、笑っていた。


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