少女達のプロローグ

笠♀今♀/少女達のプロローグ/謎パラレルRPG系統
笠松♀→幸…俺
今吉♀→翔子…ウチ


 露を含んだ土の匂い。苔生した岩と舗装されていない道。その先に目的の建物はある。
 もう随分と手入れされていない古い教会。廃墟のそこが俺の目的地だ。朽ちた扉を慎重に開き、中に入る。真っ先に大きなステンドグラスが目に入るが、木々に邪魔されて光はあまり入らないし、蔦が這うせいでステンドグラスの煌めきは失われていた。昼間でも薄暗い礼拝堂を歩き、祭壇に近付く。そこには黒いドレスを纏った一人の少女が段差にもたれ掛かるように眠っていた。
 その少女の黒のドレスは恐らくウエディングドレスだ。控えめながら繊細な刺繍が施された、黒一色のドレスは足をすっかり覆っている。少女の黒髪に飾られたのは黒いヴェール。総レースのそれはきっと職人が手作業で作ったもの。白い腕の半分は黒の手袋で覆われている。透けたりなどはしない、光沢のあるそれはきっと黒く染めたシルクだ。俺はそっと手を伸ばす。
「起きろ、翔子。」
 ふ、と瞼が上がる。現れた真っ黒な目は艶があり、しばらく空を見つめていた。癖の無い黒髪を撫でてやると、そっと俺に視線を移す。
「おはよう、ゆきちゃん」
「おはよう。サンドイッチ持ってきたぞ。食え。」
 ゆっくりと起き上がる少女、翔子はこの廃教会で生きる妖精だ。
 妖精とは可愛らしいものを想像するが、そんなことは無い。悪戯っ子で様々な異形の形をする生き物であり、その中でも翔子は妖精の上位種である精霊に近い黒少女だ。黒少女とは妖精の分類の一つであり、場所に縛られる代わりに大きな力を秘めた存在だ。秘めた力を解き放てた瞬間に、黒少女は精霊として開花する。
 翔子は卵のサンドイッチを食べる。翔子という名は俺が付けたものではない。かつてこの教会でシスターをしていた女性に付けられたそうだ。翔子はそれを嬉しそうに語る。そのきらきらとした姿は黒少女が精霊の蕾であることを忘れてしまいそうになる。それでもやっぱり此処から離れられない翔子は黒少女なのだけれど。
「なあ、ゆきちゃん、あんな」
「何?」
「ウチな、そろそろみたいなんや。」
 その言葉にゾッとした。そろそろ、精霊として目覚める。その瞬間に翔子はこの廃教会に縛られなくなる。会えなく、なるのかもしれない。
 その想像に怯えていると、翔子の手が俺の手に伸びる。白くて、少しまるっこい俺の手。翔子はそんな俺の手に優しく触れた。
「ウチ、ゆきの精霊になりたい。」
 その言葉にまるで夢を見ているのかと思った。精霊とは世界のエネルギーバランスを調整する高位の存在。そんな精霊が、俺のものになりたいと。
「それって、」
「ゆきちゃんは精霊使いは、嫌なん?」
 精霊使いとはこの世界にごく数人しかいない貴重な存在だ。膨大なエネルギーバランスを調整する精霊は彼ら自身にも膨大なエネルギーがある。そんな精霊を使役する精霊使い。それは国によっては御法度だし、異端だ。幸い、この国は精霊使いが二人もいて御法度でも異端でもないが、何方も宮廷仕えの存在だ。そんなものに、一介の下級女騎士である俺がなるなんて考えられなかった。
「ウチはな、ゆきちゃんがええの。ゆきちゃんだけがええの。」
 翔子は笑う。何か含むような胡散臭い笑みは、彼女らしい表情の一つだ。そんな表情の中、俺は目だけが真剣であることに気がつく。この黒少女は本当に俺だけを求めてくれているのだと。
 目が潤みそうだ。
「俺で良いなら。」
 そう返事すれば、翔子は声を上げて笑った。
「最初っから言うとるやろ。」
 かつてシスターから与えられた翔子の真っ黒なウエディングドレスが、より煌めきを増した気がした。


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