03 新居



美鶴さんがキビキビと動き出そうとするので、笠松クン他他県勢が待ったをかける。

「そういや一緒に住むって、」
「そうよ幸男くん。」
「どこですかそれ」
「都内よ」

笠松クンと美鶴さんのそのやりとりを聞いて福井クンが口を開く。

「すみません俺秋田の学校に通ってて、ってか寮住み」
「同じ家に住むわよ」
「いや、僕も京都ですし」
「俺は神奈川です」

必死になる他県校三人に、美鶴さんはちらりと母たちの方を見てから父を見た。すると降旗母こと真理子さんが口を開く。

「流石に秋田と京都は通うのが大変だから寮住みのままがいいんじゃない?」

救世主だと思っていると今吉(ワシの)母こと佳奈江さんが、都内寮住みの翔一と神奈川の幸男くんは一緒に住みたいと話す。これは、笠松クンどんまい。そしてワシの命運も決まったなこれ。

「…いいと思うわ」

笠松母ことりかさんが言う。ああ、寮からなに運ぼうと思っていると笠松クンががっくりとしていて、母は強しと思った。
そして誠凛組は花宮と住むことに絶望的な顔をしていた。こちらも母には勝てないらしい。花宮も何だかんだで何も言わずに現実逃避してるのは母に勝てないからなのだろうか。
ちなみに、妹さんはキラキラとした目で楽しそうに高尾クンに話しかけていて、そんな高尾クンは両手で顔を覆っていた。高尾クンなら自動で吹っ切れるだろう。

さて行こうと、父手配の長い高級車に乗って移動する。車名は言わない。現実逃避させてほしい。
車から出ると、目の前の洋館を見て降旗クンが叫ぶ。そして真理子さんに怒涛の質問攻めをしていた。要約すると、この洋館は真理子さんがやってる喫茶店の隣の洋館だということ。確かに洋館の隣には喫茶店があった。さて、嫌な予感から逃げていたが、まさか新居とは。

「この洋館が新居、なんです?」
「そうよー」

ワシの質問にのほほんと笑って花宮母こと咲千代さんが答える。もう、本当にわけがわからない。この洋館めっちゃでかいねんけど?!

「それじゃあ入ろうか。掃除は皆で済ませたんだ」

微笑みながらそう言った赤司父こと久志さんは門を開いて玄関扉へと進む。それに母たちがワシたちの背中を押すように進む。高尾クンは吹っ切れたらしく笑顔ではしゃぎ、妹さんは目をきらきらさせ、降旗クンは顔を青ざめ、花宮は奇声を上げていた。頑張れ。

洋館に入ると広い玄関ホールにシャンデリア。弧を描く階段に、いくつもの部屋への扉。なかなかに非現実的、非日常的な館である。
唖然とするワシたちの中で復活が早かったのは赤司クンだった。

「父さん、これは」
「この家は古くから赤司家のものでね。大丈夫、今回住むことになって少しリフォームしたところもあるよ。ああ、そうじゃないか。驚かせてごめんね」
「いや…」

赤司クンは口を閉じる。久志さんに何も言えないとかではなく、混乱しているらしい。そりゃそうである。ワシも皆もわりと混乱している。高尾兄妹だけはきゃっきゃと楽しそうだが。それよりも、と気がつかれないように久志さんを見る。とても人の良さそうな人で、柔らかな物言いをする人だ。母たちの話もあるし、悪い人ではないのかもしれないと思う。しかしすぐに家族として振る舞えるかと言われたら否だ。わりと人懐こいワシでも無理だ。長年培われた父への不信感はすぐに拭えるものではない。
それじゃあ部屋に行きましょうかと伊月母こと市子さんが話すと、春日母の知子さんと並んで歩き出す。ぞろぞろと廊下と階段を歩き、三階の扉が並んだ廊下に出る。すると市子さんが口を開いた。

「ネームプレートを扉につけておいたからそれを見れば自分でもわかるわ」
「ちなみにそれ付けたの知子さん(春日母)じゃないよねぇ?」
「私はだいたい何もさせてもらえなかったわ…」
「知子のドジっ子レベルはカンストしているものね。」

その言葉に知子さんは眉を傾けて、気をつけているのだけどと言っていた。そういえば階段で何度か転びそうになっていた。
一応説明するわと市子さんが部屋の位置を教えてくれる。結果、敬称略でワシと春日と花宮と降旗が南側で、笠松と福井と伊月と高尾と妹が北側らしい。ワシと笠松クンは一番奥の角部屋で、中央の階段に近いのは妹さんだ。

「女の子は端の部屋が良いかと思って」

にこりと市子さんが言う。その言葉に、思わず市子さんに視線を向けた。その目は妹さんを見ると、ワシの方も見た。その目は、優しくて。知子さんも穏やかに笑っていた。まさか、と思う。

「いち、」
「じゃあそれぞれ部屋に入ってみて、分かる限りに母さんたちがあなたたちの好みに合わせたのよ。引越しは明日にしましょう。部屋を確認したら一度各々の家に帰って簡単な荷造りをしてほしいわ。出来る人は引越しをそれで終えてもいいのだけれど、古い家はそのうち引き払うことになってるわ」

市子さんの言葉に全員が頷くと、それぞれ部屋を確認しに行った。ワシも部屋に向かう。すると知子さんもついてきた。どうしたのだろうと思っていると知子さんが話し出す。

「翔一くんはT大受験なのね」
「あ、はい」
「凄いわ」

部屋の扉の前に立つと、ネームプレートにはSHOUICHIとあった。その単語に安心すると、扉を開いて中に入る。知子さんも入っていた。すると、知子さんは扉を閉める。不思議に思うと、知子さんは口を開いた。

「ネームプレート、あなたが心を決めたら変えることになってるわ」
「っえ、」
「ごめんなさい。あなたのこと、もう聞いているの。佳奈江は私たちに相談していたから」
「そんな、」

ワシの体がふらりと揺れる。知子さんは優しく微笑んでいた。

「知っているのは私たち母親と久志さんだけ。」
「っう、」
「大丈夫、私たちはずっとあなたの味方。愛してるわ、私たちの愛しい子」
「…ありがとう、」

ありがとう、知子さん。
少しだけ泣いて、部屋を出ると階段前に子供勢が揃っていた。ワシらに気がつくと、不思議そうにして、全員で一階に向かう。玄関ホールには両親たちが揃っていた。

「それじゃあそれぞれ送ろうか」
「そうそう、私たちはあなたたちを名前で呼ぶ。だからあなたたち同士も名前で呼び合って。家族というのもあるけれど、そもそも苗字だと最低二人は同じ苗字が居るもの。」

福井母の圭子さんはそう言いきると子供勢の戸惑う空気を全く気にせずに行くわよと外に出た。いっそ清々しい。
全員が外に出ると駐車場に7台の車があった。多分両親たちがそれぞれ持っているのだろう。1台足りないのは多分知子さんだ。ドジっ子らしいので、母たちが反対したのではないかと思う。というかワシがカフェに電車とバスで移動したのは車がここにあったからか。

慣れた佳奈江さんの車に乗って家に荷物を取りに向かう。とは言っても荷物は少なく引越しを終えてしまえるだろう。捨てるもののリストを脳内で作成しながら窓から見える外の光景を見ていた。佳奈江さんが急でごめんねと言った。

「少しでも早く家族で居たくて、焦っていたわ」
「おん」
「知子から聞いたでしょう?そのことも、謝る」

ごめんね、と佳奈江さんは言う。でもワシは仕方がないからと許した。だって今考えれば、あれは誰かに相談せずには居られないだろう。母親にとって相当の精神的な負担だったと思うし、実行は佳奈江さんに出来る範囲のことではない。つまり、むしろ母たちや父には感謝すべきなのだ。
それを佳奈江さんに言うと佳奈江さんは、ありがとうと微笑んだ。



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