01 既に決定事項である



大事な話があるの、そう母さんは電話越しに言って家に呼び出した。何かあるなと思って外泊届けを出して帰宅するなり、母さんはリビングのソファにワシを座らせた。

「なんなん?」
「実はね、やっと家族で住めることになったんよ」
「は?」

いや今母さんと住んでますけど、いやワシは寮生活ですかそうですかと思っていると閃く。家族、とはまさか。

「父親、とか?」
「そうや」
「はああああ?!」

ワシはガタッと立ち上がる。そんなんきいてへんと叫ぶ。

「落ち着きなさい」
「落ち着けるか!なんなん?!蒸発したんとちゃうの?!」
「私はそんなこと言ったことないで」
「そりゃ金銭の援助はあったと思うけど!でも今更一緒にて」
「落ち着きぃ。だいたい、今更なんかじゃないんや。私はずっと家族で住むことを望んでいたし、向こうもそのためにずっと努力してきてくれたしな」
「んな、」

ワシは更に反対しようとして、母さんの様子に気がつく。ワシの行動への悲しみと、それより深い喜び。自分を取り繕うことをあまりしない母の、その気持ちはダイレクトに読み取れた。

「明日、会ってほしいんや。そして今後のことを話し合いたくてな。」
「…」
「どうせ外泊届けは出しているんやろ?一晩この家でゆっくり休んで考えてほしいねん。どうしても明日、会えないと思うなら私はあなたの意思を出来得る限り尊重する」
「…つまり、もうこれは決定してんのやろ」

ワシの言葉に、母さんは苦笑する。

「勝手に決めてごめんな。でもきっと、あなたも気に入る人やで」

あの人は優しいからと、母さんはそう言って立ち上がった。どうやら夕飯を作り始めるようで、ワシは気持ちの整理がつくまでソファに座ったままだった。
父親のことはまるで覚えていない。面影なんてひとつも覚えていない。母さんは父親の話題を口にはしなかった。だから、父親がいなければ子供が生まれないと知った時に自分の父親は蒸発したと思っていた。そして金銭的余裕に気がついて、援助されていると勘付いた。正直、苛立った。ワシと母さんを捨てたのにそんな面で父親面するのかと。
そこで思い出す。一度だけ母さんが父親について話していた。あの人はとても優しい人よと言っていた。さっきと同じ言葉を幼い自分に言っていた。それは確か、父親がいないことの異常さに気がついて聞いた時のことだ。幼稚園児の、自分に。幼稚園児の頃のことなのに徐々にだが鮮明に思い出せる。記憶力が良い方だからなのか、それともそれだけ印象的だったのか、今となっては分からないことのような気がする。
父親と会うか、答えは私情を持ち込むならNOだ。絶対に会いたくない。だが、母さんのあの感情を無視することは出来なかった。金銭的援助があったとはいえ、女手一つで育ててくれた母親の気持ちを無下にするなど、出来るほど腹黒でもゲスでもない。
ならば行動は決定していた。

(父親、に、会う)

ワシは心を決めて立ち上がった。母さんに伝えるついでに夕飯の手伝いをしよう。 父親のことは直接会って折り合いをつければいいのだから。



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