ごはんよーと呼ばれて私は部屋の扉を開く。そして階段を探し、降りる。かちゃかちゃと音がする部屋に入ると優しそうな女の人が居た。母親、だろうか。

「あら千冬、まだ顔を洗ってないわね。早く洗ってらっしゃい」

その言葉に頷いてリビングから出て適当に近くの扉を開く。すると倉庫だったので扉を閉めて、次の扉を開く。そこが洗面所だった。すぐに目に入る鏡に、びくりとする。姿も違う。黒の腰ほどまである髪、焦げ茶の目。眼鏡をしていない顔。ぺたりと胸部を触る。膨らみはなかった。

とりあえず顔を洗い、白いTシャツにジーパンの格好だと再確認する。部屋着だろう。あの殺風景な部屋に服はどこにあったのか。ああ、クローゼットがあったのだろうか。箪笥で育った人間なので気がつかなかったのかもしれない。

リビングに戻ると、母親とごはんを食べる。時計を見ると7時だった。こんな時間にこうやって動いているのに気だるさがないのが不思議だった。学校に眠気と戦いながら必死で通っていたのは思い出の中だ。
午後から母親は出かけるという。私は困る。母親に真山千冬の中身は別人だと話すべきなのだろうか。しかし話しても信じてもらえるとは思わなかった。言わないでおくことにした。いつか、言わねばならなくなったら言おう。

朝食を終えると食器洗いをした。
母親は驚いていた。真山千冬は食器洗いをしなかったらしい。でも私は食器洗いが染み付いているので不自然だとしてもやらせてもらうことにした。母親は驚いた後はやたらと嬉しそうにしていて、少しだけ不思議だった。娘が家事手伝いをしてここまで喜ぶのだろうか。

それから数日分の新聞を拝借して部屋に戻った。相変わらず殺風景な部屋で新聞を開く。ちなみにクローゼットはあった。
サクサクと新聞を読み進めていく。幸い、活字には慣れていたので今日中に読み終えられるだろう。世の中は自分の世界とあまり変わらないようだ。そもそも黒バスは現代日本が舞台だから当たり前かもしれないが。
途中でお昼を母親が運んできてくれた。驚いていると、母親も驚いていた。新聞を読んでいるのに驚いたようだ。お昼はお粥だった。風邪でもないのにお粥なのは不思議だった。梅干しが美味しかった。

それから少しして、母親が行ってくるわねと出かけた。格好からして買い物だろう。私は玄関まで見送って、また部屋に戻る。ふと、机の上が気になった。手のひらサイズの四角い機械、スマートフォンがあった。ロックされていないそれを操作する。連絡先には家族らしき人しか入っていなかった。真山千冬という女の子は人付き合いが苦手だったのだろうか。考えても分かるわけがなく、私はスマートフォンを机の上に置いた。

新聞を読みふけっていると母親が帰ってきた。もう三時間経っていて、私は新聞を元の場所に戻した。リビングにあるテレビを操作してニュースを見た。ぼーっとしているとテレビの近くに雑誌が何冊か置いてあった。ふと、目についたのは月バスだった。私はゆっくりと月バスを手に取った。



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