狐堂の旦那・真の呼楼丸編


今吉+笠松/掌編/笠松が狐堂の旦那になるときの話/笠松視点


「契約なんてせえへんよ。」
 目の前に立つ今吉は艶やかに笑った。えんじ色の着物を着た彼はその白い指で俺の頬を撫でた。その手の手首を掴んで離せば、彼はクスクスと笑う。
 これは契約ではないと繰り返した。
「ワシはきみを信用した。したいと思ったんや。きみなら、できるって。」
 今までうまく感情が読み取れなかった目が、柔らかい慈愛の色を見せた。俺はその目に惹かれるのを自覚しながら、彼の手首をぎりと握り締めた。
「俺が呼楼丸を使えたからか。」
 お前がそそのかしたのだろうと言えば、そうではないと彼は言う。きみならばその先を扱えるのだと思えたのだと。
「呼楼丸はどんな人間でも扱うことができる。呼楼丸は狐の力のすべてを使うことができるようになる。けどな、その先があるんよ。」
 真の呼楼丸と言うと。
「真の呼楼丸は狐の力ではなく、狐神の力を扱えるようになる。ただの呼楼丸で扱える狐の力は所詮妖の類の力や。でもな、真の呼楼丸を振るえば神の力を振るうことになる。」
 ただし、覚悟が必要だとその唇は紡いだ。
「神の力、真の呼楼丸を使うという強い決意と覚悟がなければ、意志の儀にて狐の炎に焼き殺される。」
 意志の儀とは何だと聞けば、彼は答える。
「真の呼楼丸を手に持つたびに通過しなければならない儀式や。まあ、炎に包まれるだけなんやけど。」
 その炎で焼き消えない決意と覚悟を持てと言うことか。
「否、笠松ならな、もう持っとるよ。」
 あれだけ呼楼丸を使えたのだから、と今吉の名を名乗る白狐神は笑った。


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