それは花よりも心を打つのです/ガラハッド→ヤマトタケル/自覚して宣戦布告する話


 ヤマトタケルは武人ではない。騎士道とも離れた、軍師の才を持つ神だ。そしてなにより見た目に自信があるらしく、その方向性は何故か女装。しかし自分で言うだけあってそれなりに美人ではあると思う。
「おや、ガラハッドかい?」
「ヤマトタケル、久しぶり」
「次に来るのは桜の季節かと思っていたよ」
 微笑みながらそう言われ、僕は内心首を傾げながら、どうしてかと問う。ヤマトタケルは相変わらず微笑みながら言った。
「キミは花が好きなようだからね」
 言われている意味がよくわからず、実際に首を傾げてしまうと、ヤマトタケルは笑いながら続ける。
「桜が好きだと言っていたじゃないか」
「ああ、それか」
 思い当たることがあって頷く。ヤマトタケルはほらねと笑っていた。その微笑みは愛しい我が子を見るような母(父)の目のようで何とも言えない心地だった。

………

 去年の桜の季節。朝早くに僕は1人で日本エリアに行った。アーサー様とランスロット様、グィネヴィア様からのお使いを頼まれていたからだ。
 日本エリアの日本神社に着くと目的の神を探す。その神はすぐに見つかった。麗しい女神、コノハナサクヤヒメだ。ひらひらと薄布をはためかせ、何やらぱたぱたと忙しそうだ。しかし目的は果たさないといけない。アーサー様とグィネヴィア様、なによりランスロット様からのお願いなのだから。
 コノハナサクヤヒメに話しかけると案外あっさりと用事を済ませられた。荷物を渡すだけだったのだから当たり前だろう。その中身は日本神社から借りていた簡単な茶道道具だと聞いている。そして中身を確認しているのを見ながら、ふとコノハナサクヤヒメ以外の神も忙しないことに気がつく。一体何なのだろうかと思っていると、ひょっこりとオオゲツヒメが現れてコノハナサクヤヒメに茶器を見せてもらっていた。
「これやっぱり貸し出してたんだね!」
「アーサーはやっぱり察しが良いひとだわ。どうせなら同席してくれても構わないですのに」
 オオゲツヒメが掲げるようにして見ている茶器は薄いオレンジ色をしているが、よく見れば花が彫られている。その花は確か、そうだ、桜だ。
「これって、」
「きっと正解よ。」
「これ今日やる花見の茶会で使うやつなんだよ!」
「花見の茶会?」
「そう。宴会とは別に、昼間に茶会をするのよ。時間はまだあるから、アーサー達に誘いの手紙を書くわ」
「じゃあ和菓子の方も頑張らなきゃ!」
「オオゲツヒメも何かするの?」
 僕のびっくりしたような声に、オオゲツヒメは手伝いだけだよと笑った。コノハナサクヤが手紙を書く間にきょろきょろと辺りを見回すと。何人かが古い楽器らしきものを取り出したり、赤い布を綺麗に敷いたりと、手際が悪いわけではないだろうに、てんやわんやになってしまっている。その中で布によって囲われた場所があったので、あれはと見ていると、そろりと布が揺れた。
 指先が現れて布をくぐるように中から現れたのは、
(ヤマトタケル……?!)
 髪に花飾りを付け、数十倍華やかな着物を着、その節々には桜と思わしき花が飾られていた。オレンジの髪は普段と結び方はあまり変わらないのだろうが、そこに飾られた花飾りでいつもとは全く違うように見えた。花飾りは全て桜をモチーフにしてあり、露出は手首から下と首から上だけだろう。その上品さが垣間見える華やかさに目を取られつつ、ゆっくりとヤマトタケルの顔を見た。ナチュラルな薄化粧を纏ったヤマトタケルはこちらに気がつくとにこり笑んだ。その少し気恥ずかしそうだけれど、優しい顔にどきりとする。
「綺麗だろう?」
 無意識に頷いていた。

………

 つまり、認識の差があるのだろう。あの時ヤマトタケルは着物のモチーフである桜が綺麗だろうと言ったつもりだった。けれど僕はヤマトタケルが綺麗だという意味で頷いたのだ。なんたる認識相違。
「今は紫陽花が丁度見頃だろう。ここにも少しばかりあるから見に行くかい?」
 その優しい声に、何故か頷いていた。

 せっかくの休日。鍛錬に明け暮れようとしていたのに。なんて思いながらも、足は日本神社に向かっていたのは記憶に新しい。というかついさっきの出来事だ。ああ、笑えない。
「この先の階段に咲いているんだよ」
 楽しそうに語るヤマトタケルに、ふーんと相槌を打ちながらこっそりと顔を盗み見る。穏やかに期待しているような表情は、無償の愛を語るかのような目よりずっと美しいと思った。
「ほら、見えてきた」
 そう言われ、前を見る。そして感嘆のため息が漏れた。それは圧巻だった。下り階段のその両脇に溢れんばかりの紫陽花が咲き誇っていた。群生するそれにすごいなと呟くと、ヤマトタケルはそうだろうと言った。見てみるとその顔はやっぱり父とか母が子をみるような模範的な愛おしさに溢れた目で。
(気に入らないなあ)
 その腕を引っ掴み、引き寄せて手をヤマトタケルの頭を掴む。その流れでキスをした。温かい唇に触れたのはほんの数秒。すぐに離し、離れるとヤマトタケルはぽかんとしていた。
「行こうよヤマトタケル。雨降りそう」
「あ、ああ、そうだね。それにしても」
 僕は言いたげなヤマトタケルに回りこむ。再び正面に立つと指先で彼の手入れされた唇を撫でた。
「子供の戯れなんかじゃないからね?」
 にっこりと笑うと、ヤマトタケルは困ったように笑った。
 風で雨雲がやって来る。紫陽花が風でゆらゆらとゆれている。ねえ、かわいいひと。僕は紫陽花の花言葉を知らないわけじゃないんだよ。



※紫陽花の花言葉「移り気」など。
つまりあなたの恋は一時的なものよ、と言いたい。

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