PG組/深緋の籠3/ほぼ会話による進行


 笠松一行が自然の広場に着いたころにはもう日が暮れてしまっていた。野宿しようと笠松は言い、少年らは野営の準備をはじめた。中でも、偶然とも言えるように新たについてくることになった少年とその仲間の働きは的確で効率的であった。焚き火が出来上がり、寝る場所の確保をすると、干し肉やその辺に自生していたベリーを用意して焚き火を囲んだ。落ち着いたところで、それぞれ自己紹介をする。
「俺は笠松幸男。狼同盟(ウォルフ)の一員だ。こっちは高尾和成で同じく狼同盟の一員だな。」
「どーも。」
「じゃあこっちの自己紹介か。とはいえあまり紹介する気もねえけどな。俺は花宮真。こいつらはまあおいおい聞け。」
「花宮真……?」
「聞き覚えのある顔だな。話してみろよ。こっちもお前の名前に聞き覚えがある。」
「……ギルド【蜘蛛の巣(スパイダー)】のギルドマスターですか。」
「蜘蛛の巣ってあの悪名高いギルドか。」
「実力が高く、金さえあればどんな依頼でも受けるギルドと聞きます。」
「正解だ鷹の目。お前は鷹の目の高尾和成。あの船の医者団、ギルド【秀徳(シュートク)】の用心棒だったそうじゃねえか。理由は知らねえが、今は狼同盟に移動している。」
「そうですよ。やっぱりギルマスなだけはありますね。そこまで知られてるとは。」
「ふはっ、情報戦も重要だからな。……ああ、かの神子(ミスラ)がお目覚めだ。」
 それを聞いた笠松と高尾は連れ去ってきた神子をそっと伺った。仰向けに寝せていた少年はうっすらを目を開き、だんだんと目覚めて行く。そしてある程度目が覚めたあたりでがばりと起き上がり、ぐらりと体を揺らして再び寝転がった。それでも笠松たちに顔を向け、言葉を発する。
「ここは……。」
「森ん中だな。調子はどうだ。」
「少し、体が痛いぐらいや。」
「そら上々だ。」
「で、アンタら何したん。ワシ、こんなところに居る筈やないんやけどな。」
「アンタの脳味噌なら処理できるだろうが。」
「……連れ去った?」
「正解ですよ!」
 神子は信じられないと息を吐き、頭をゆるゆると振った。
「あかんわ。帰らんと。」
「返さねえよ。俺たちで保護する。」
「保護って、ワシは保護されるような奴やないし。ってか勝手になにしてくれとるん。はよ帰して。帰らんと災害が。」
「災害?」
「あの神殿を管理する七つの村の言い伝えの一つです。深緋(スカーレット)様へ神子を捧げろ、捧げなければ災害起こるって感じの。まアありきたりな言い伝えですよ。」
「テキトーやなあお前は。今年は深緋様に花嫁を差し出さなあかん。その為にワシは神子に。」
「でもお前殺されるんだろ。」
「笠松さん!」
 高尾の制止を聞かず、笠松は続けた。
「助けられる命を見過ごすことはしねえ。それが俺の正義の為の手段だ。」
「正義とか、それただのエゴやろ。」
「ああそうだ。でも俺の行動指針には変わりない。」
「はあ……ちょっといいですか。」
 高尾の言葉に全員が口を閉じ、高尾を見る。高尾はにこりと笑って言った。
「その話はまず置いておいて、一つ気になったことが。」
「何だ?」
「蜘蛛の巣があの神殿の依頼を受けるとは思えない。受けるにしてはお金が決定打になり得るには足りないだろうと思うし、深緋の神の情報もそれは魅力的ではあるけれど蜘蛛の巣が欲しがるような金目の情報でもない。ならば、どうして受けたか。」
「ほう。」
「花宮さん。あなた、その神子と知り合いでしたね?」
「……」
「親しげな様子もありますけど、なにより神子が名前を知っていることが決定的では?金で雇っただけの用心棒の名前を神子に教えるとは思えないですよー!」
 高尾はにっこりと笑う。それに対し、花宮は両手を上にあげた。
「流石だな、鷹の目。まあ、この人が隠そうともしてないところが問題点だったわけだけどな。」
「ワシの所為なん?てか花宮は隠そうとしとったんかー知らんかったわー。」
「ハッ白々しい!鷹の目、俺は確かにこの人と知り合いだ。蜘蛛の巣のメンバーはだいたい知り合いだな。全員、この人と出身の村が同じなんだよ。」
「ということはさっきの七村の?」
「そう、その中でも青の村のな。この人が齢七歳になるまで、同じ村で他の子供と同じように暮らしていた。」
「随分と小さい頃だな。七歳で神子に?」
「ああそうだ。」
「待ってください。神子になるには遅すぎる。」
「この人は七歳の誕生日に深緋様から神託を受けた。丁度この人が青年期になる頃、まあ今年だ。今年に深緋様に嫁を差し出す決まりがあった。神託を受けたこの人が相応しいだろうと、とんとん拍子で話が進んだ。」
「そこからワシは神殿暮らしで外にはそうそう出えへんかったわ。昨日の晩に花宮達に再会して驚いたんやで。まさか村を発ってギルド起こして生活しとるなんてなあ。」
 神子は微笑み、花宮を慈しむように見つめた。その視線に居心地が悪い思いをしているだろう花宮の眉は寄っていた。
 笠松はそこでそういえばと思いつく。
「神子の名前は何なんだ?」
「名前?」
「あるだろ?」
「あー、笠松さん。この人は名前を取られてる。神子になる時にな。」
「じゃあお前は覚えてるだろ。」
「まあ……その名で呼ぶつもりかよ。この人、名前とられてるから反応できないですよ。」
「いいから教えろ。」
 花宮は渋りながらも口を開く。
「今吉翔一。」
「ふうん。……高尾。」
「りょーかい。神子さんじっとしててくださいね!」
「わっ」
 高尾はずいっと神子に近寄り、神子の頭を掴んで目をじっと見つめた。そして視線を鼻、頬、耳、口、そして喉に移して顔を寄せた。神子がくすぐったがってくすくすと笑うが、高尾は気にせず動作を続けた。数秒喉のあたりに寄せていた顔を離して額へと移動し、その額に額を寄せた。そしてぱっと顔を離してにっこりと笑みを浮かべた。
「見えました!術式は喉と脳味噌。呼べないように、認識できないようにと二種類がかけられてますねー。こりゃ真ちゃんに会わなきゃ。」
「緑間か。秀徳号(シュートク・シップ)は二つ先の港町にいたな。」
「食料の買い出しに、七日後まであの港町にいるかと。」
「おい、まさか術を解くつもりか?この人にかけられた術式は俺たちだって解けなかった!」
「蜘蛛の巣は呪術が得意と聞きます。ええ、この神子さんにかけられてるのもかなり解呪の難しい呪術ですとも。けど、真ちゃんなら出来ます。だって真ちゃんですからね!」
「……いや、そもそも真ちゃんって誰だ。さっき緑間って言ってたな。」
「まあまあ、深く考えずに。とりあえず寝ましょう寝ましょう。そして町に降りて、港町を目指しましょー!」
「おい鷹の目。」
「火の番は俺と高尾が交代で行う。」
「ちょ、ワシ置いてけぼりなんやけど。この術式が解けるん?というかそもそも帰してやーって話が、」
「返さねえつってんだろ。蜘蛛の巣も同じような思いの筈だ。」
「え、花宮もなん?そうなん?あほなん?」
「てめえ…!!」
「ああもう何が起きるか分からんのに、どないしよ、深緋様……。」
 神子はそう言ってため息を吐いて手を組んだ。祈りの形になったそれを見て、笠松がゆっくりと話しかける。
「外の世界に興味はないか?」
「……。」
「お前の知らない世界を見せてやる。見た上で、戻るか、保護されるか決めろ。」
「……期限は一年や。一年後、またここに来させて。そこで決めたるさかい。」
「聞き分けがいいな。」
「アンタらみたいなあほとちゃうねん。」
「そうかよ。じゃあ寝ろ、さっさと寝ろ。高尾も交代する時に起こすから寝ろ。」
「おっけーです!さあさ神子さん寝ましょー!」
「テンション高いなあキミ。」
「おい神子、俺達も居るからな。」
「あ、花宮はわりとどうでもええねん。」
「てめえ…!!」
「心配とか頼ったりとかしてほしいん?」
「全く思わねえよ!」
「ならええやろ。ほらほら寝た寝た。もうワシは諦めたるわ。どうせこの人らは話を聞かんし、花宮達も聞かんし。災害はまあ婚約の儀ぐらいならそこまでやないやろ。婚姻に間に合えばええねん。」
「物分りがいいやつだな。じゃあ全員さっさと寝ろ。」
 笠松の言葉でそれぞれが寝る姿勢となったのだった。



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