PG組/深緋の籠2/RPG系謎パロ/会話による進行多め


「深緋の神子(スカーレット・ミスラ)様。こちらへ。」
 少年はその言葉で立ち上がり、歩く。途中で古くからこの神殿で仕える神官がきらめく薄布を少年にかぶせた。少年は布が多く使われた赤い衣装を纏っており、それはさながら婚礼衣装のようだ。
「さあ、こちらです。赤の間へ。」
 世話人を引き連れて少年は歩く。その顔は化粧を施され、この世のものとは思えぬ神聖さを宿していた。
 やがて少年は一つの部屋に入る。東の入り口から入ったその西向きの部屋は西側を除く三方に赤い布が飾られ、中央やや奥(西)には祭壇が作られていた。中央からさらにその奥、西側の壁には大きなステンドグラスがあった。
 そして少年と神官を除く全員がその部屋から出てしまう。厳格な神官は少年に告げた。
「祈りを。」
 少年はその言葉を聞くと祭壇の前に座り、胸の前で手を組んだ。時は夕方、強い西日が射し込んで少年をオレンジ色に染め上げる。
 神官がそっと目を伏せて言う。
「深緋(スカーレット)様の加護があらんことを。」
 言い終えると神官は部屋を出た。そして重厚な扉が閉められ、重い音が鳴り錠前がかけられた。
 少年は手を組んだ祈りの姿から微動だにしない。夕日は刻一刻と姿を変え、その色がだんだんと赤味を強くしていく。どれほど経っただろうか、ものの数分。強い西日はオレンジより深い真っ赤な赤へと変貌を遂げていた。少年の白い肌は赤く染まり、赤い衣装はさらに深い赤へと。そして少年の黒い髪までもが赤みを帯びて行き、ごとり。少年はその場に倒れた。それでも、手は組んだ侭。

 それよりも前のこと。
 二人の少年が木陰から赤の神殿を覗いていた。二人の目は鋭く、まさに様子を伺っているらしかった。一人は腰に一振りの小刀を差し、懐にも小刀を仕込んでいる。もう一人は黒光りする拳銃を腰に装備していて、二人の胸元には狼をシンボルとしたネックレスがあった。それはこの世界(ミラルエ)に存在する一つのギルド、狼同盟(ウォルフ)のシンボルであった。
 狼同盟とは、この世界でどの国にも属さずにただ己の信じる正義のために戦う異端者の集団であり、個人主義を貫く。建前上のギルドリーダーはいるものの、活動は個人が請け負い個人が果たすことを基本としている。稀にギルドを対象にした大きなクエストが持ち込まれることもあるが、それに参加するのかは完全に個人に任されていたりする。
 さて、二人の少年は笠松幸男と高尾和成。狼同盟において活動頻度が多く、さらに単独より少人数パーティを組むことを得意とした異質な存在だ。

 笠松は高尾と視線を交わすと、夕日に染まりかけた神殿に侵入した。
 神殿の敷地に入るとぞっとするような気配を感じる。眉を顰める笠松に高尾が告げる。
「おそらく悪霊系のモンスターの気配です。今は逢魔時なんであの世とこの世の境目が曖昧だから……。」
「でも神殿でそんなのがあるものなのか。」
「普通は避けるもんだと思いますよ、唯、あの神子(ミスラ)は、今日は儀式のある日だと。儀式が始まったらこの辺りは危ないと言ってました。その儀式の時は動物もモンスターも近寄らない。つまり意図的にこの状況を作り出しているんじゃないかなって。」
「悪霊系のモンスターもモンスターだろ。」
「モンスターに嫌われるのも悪霊系のモンスターの宿命ですからね。」
 笠松はその言葉に納得し、辺りを見回した。どうやら建物の入り口を探しているようだ。
 侵入できそうな入り口はすぐに見つかった。しかも見張りは立っていないらしい。あまりに不用心だと二人は驚き、眉を顰(ひそ)めた。何故、見張りがいないのか。
 建物に入ればどこにも人影が見当たらず、人の気配もない。二人は床に敷かれた赤い絨毯の上を音も立てずに走る。あの神子を闇雲に探しても見つからないことは二人とも分かっている。それは経験から成っていて、特に宗教関係のクエストに首を突っ込むことの多い高尾はよくわかっていた。二人は事前のミーティングで今回の戦略を話し合っている。それは、建物の構造をある程度調査し、高尾が神子の居る可能性の高い場所を割り出す。その護衛を笠松が行い、そうして見つけた神子を無理やりにでも連れ出すのを笠松とし、連れ出す際の護衛は高尾だ。
 部屋を確認し、廊下を確認していくと高尾の脳内に赤の神殿の見取り図が形成されていく。そして過去に侵入した宗教施設と照らし合わせ、似た構造を探し出す。しかし。
「おかしい。」
「何がだ?」
「この建物じゃない。この建物に神子が居るはずがない。」
「……どういうことだ。」
「ここは生活の場所しかないんです。儀式をするような空間はさっきの聖堂しか。」
「つまり、別館か?」
「はい。早くここを出ないと。そろそろ夕方です。」
 二人が動こうとした時、笠松が何かに気がついて動きを止める。扉が並ぶ廊下、その先の扉を笠松は見つめた。そして高尾に告げる。
「あの部屋だけ人の気配がある。」
「でも神子はいないかと。」
「そうじゃねえ。あそこにしか人の気配が無いってことだ。」
「じゃあ、あそこに世話役が?」
「神官も含めた、神子以外の全員かもな。」
「そんなの、儀式をするなら神官は神子のそばにいるでしょ?!」
「静かに。俺は宗教関係にあまり詳しくないが、この状況は見覚えがある。」
 笠松は静かに言う。
「籠城戦だ。」
「それって彼奴らが何かから身を守っているってことですか。」
「そんでもって、それは多分この気配の原因だろ。」
「でも、今日は儀式の……。」
「そうなんだよ。儀式って何だ。何があるってんだ。」
 笠松はそう吐き捨て、高尾と共に建物を出た。
 異様な気配に包まれた神殿の敷地内を走る。この神殿は想像していたより広く、奥に長い造りになっていた。笠松は侵入時によく使う方位磁石を取り出し、東から西へと長い敷地であることを確認した。高尾はそこで奥へ進むことを提案した。
「単純に、儀式は神聖なものですから、神聖な場所でやりたいはず。神聖な場所は人から遠ざけたいかと。」
「そうだな。とりあえず走ろう。もう太陽の色が変わりかけてる。」
 二人は走る。それはものの数分だが太陽は傾いていき、二人が建物に辿り着いた時には完全な夕方となっていた。
 そこは小さな小屋だが、どこか教会じみていた。笠松はちらりと小屋に一番近い建物を見る。それはさきほど侵入した神殿だ。
「人がいる。」
「やっぱりこっちにも居たんですね。何かあればすっ飛んでくるんですか、こっわー。」
「それもあるが、お前も分かるだろ。」
「え?……あ、結界が。」
「おそらく部屋にだけ結界が張られてんな。こちらの気配には気がつけてねえのかも。」
「それちぐはぐすぎる不用心でしょって分かった。」
 高尾は小屋を見て言い、笠松はどうしたと言いかけて、気がつく。
「錠前と、そこに魔法鍵か。」
「物理的な鍵と魔法鍵の二重構造。しかも表層にある魔法鍵を解いたら、回線が向こうに繋がってるんで、おそらく知られますね。」
「魔法回線ぐらいもっと隠せよ……これ少しでも訓練してれば見れるだろ。」
「そうですね。じゃあいっちょ解錠しますか?」
「めんどくせえから叩き壊す。」
「本音は?」
「一人で長い間多数を引き受ける装備は持って来てねえ。」
「ですよね!俺もでっす!」
 そう言うと高尾は素早く拳銃を取り出し、錠前へと発砲。大きくはないが見逃せない音がしてヒビが入った錠前に笠松が二振りの小刀を振り下ろした。魔法鍵と錠前が弾け飛ぶ。すぐに騒ぎ声、しかしその前に笠松は小屋に駆け込んだ。
 そこは異様な空間だった。真っ先に感じたのは異様な気配。ただし、外とは違い悪寒とはならない。ただ、圧倒されるような気配に満ちていた。さて、三方に赤い布が飾られ、前方に見える壁には大きなステンドグラスがある。小屋内は夕日が濃縮されたかのような深い赤色に染まり、中央やや奥にある祭壇の前に誰かが倒れていた。ふんだんに赤い布が使われた衣装、輝く糸が使われた赤い薄布が頭を覆う。その豪華な衣装はどこか婚礼衣装にも似ていた。笠松は息を飲んでから走って近寄り、倒れている人の顔を見る。あの少年であった。笠松は急いで少年を担ぎ上げ、出入り口に向かう。出入り口では高尾が数人の人間達に威嚇発砲していた。どうやらそのうちの一人が神官らしく、魔法陣を展開しては高尾が拳銃で妨害。そして他の人間たちが動けないところを見ると神官より遥かに弱いと自覚しているのか、もしくは武装していないか。後者が正しいのだろう。彼らは平凡な村人に見えた。
「笠松さんさっすが早い!」
「おう。さっさと行くぞ。」
「待て!神子を連れ出すな!」
「生憎、助けられる命を見逃す神経はしてねえんだよ。」
 神官は舌打ちをし、選りに選って今日だとはと呟く。聞き逃さなかった笠松がどういうことかと言おうとすると、高尾が詠唱のち神官のすぐ近くに発砲。魔法を纏う銃弾は杖を撃ち抜いた。神官が驚愕に目を見開き、笠松達を見る。笠松は言う。
「どういう意味だ。」
「貴様らのような奴らに言うつもりはない!」
「すみません。こっちも情報ほしいんですよねー、っていうか状況分かってます?分かってるんなら言えますよね?俺、けっこう腕に自信があるんですよー。」
「……貴様らが知る理由も無いだろう。」
「あるに決まってんだろ。こいつを保護する。ある程度の状況は知りたい。ってか異様すぎるだよ此処は。アンタら、ここで何した?何の儀式をしていた?」
 神官は口を閉ざし、世話役達も黙り込む。高尾は銃口を神官に向けた。
 その時、一人の男が口を開く。
「求婚の義です。」
「お前!」
「求婚……?」
「はい。」
 その男はよく見れば少年だった。年は笠松達と変わらないだろう。黒い髪をし、丸っこい眉をしている。
「そうです。深緋の神様に求婚をし、また、される儀式です。」
「矛盾してるだろ。」
「その時の神子によって変わるんですよ。その人は求婚される側だったみたいですけど。」
「喋ることはない!」
「ならアンタは殺されてもいいのかよ。」
「それならお前があの野蛮人を殺せ!」
「あのなあ、俺はアンタに金で雇われてるだけ。分かるだろ? 俺は狼同盟を敵にはしたくないんだよ、バァカ。」
「ふざけるな!報酬を払わんぞ!」
「あ、もういいんで。こっちは色々と集めさせてもらいましたし。」
 にやにやと笑う少年に神官は真っ赤になって怒る。
 ひとしきり怒りに震える神官を眺めた少年は笠松達へと向き直り、交渉だと言う。
「俺たちはそこそ此処(赤の神殿)の情報を集めたわけなんですけど、要ります?」
「報酬は。」
「銀貨三枚で。破格でしょう?」
「本当にな。意図は何だ。」
「俺たちとしてはその神子をこんなタイミングで連れ出すだけで充分報酬足り得るんですよ。」
「どういうことだ。」
 少年はふはっと笑い、楽しそうに告げる。
「求婚の義、それもかの有名な最高神である深緋の神とやらからの求婚の最中に神子を連れ出すときた!さあ、何が起こる?何が起こる!」
「……悪趣味だな。」
「それこそ今更なんで。まー情報を伝える必要も経過を見る必要もあるんで俺たちも付いて行きますよ?狼同盟とのコネも作りたいですし。」
「そうか。なら、来い。」
「ちょ、笠松さん?!」
「利害の一致だ。ずらかるぞ。」
「ちょっと!?」
「お前ら行くぞー適当に追いかけてこい。周辺の見回りしてる山崎は古橋が拾え。んじゃ、神官さん達、貴重な情報アリガトウゴザイマシタ。」
「待て!」
 かくして笠松達は神子と謎の少年らを加えて森の中へと消えたのだった。



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