深緋の籠番外/本の国・前/春休み強化企画


 本の国。巨大な図書館を有する帝国だ。笠松と今吉は狼同盟の許可証を提示し、関門から入国した。
 気候は温暖だが、今吉は不思議そうにそわそわとしている。笠松はひと気がなくなったのを確認してから、どうしたと声をかける。
「いや、なんやろ……笠松は本の国は初めてなん?」
「いや、何度か来てる」
「なら、知っとるかもな。魔法植物が一切見当たらん」
「ああそれか」
 普通の植物はよく栄えている。だからこそ、魔法植物がないのが不自然だ。
「理由はわかんねえが、噂はある」
「噂って何なん?」
「帝国図書館の地下に魔法植物の巣窟……実験場があるって話だ」
「は?」
 今吉がつまりと言う。
「帝国の武力になるような魔法植物を作ってるってことなん?」
「そういうことだ」
「はあ、壮大な話やね」
 今吉は、噂話にしてはリアルやなと眉を寄せた。
 笠松と今吉の受けたクエストは、帝国図書館へ代行で本を返しに行くことだ。呪術や魔法の類がかかっていないことは、ギルドマスターの実渕の手で確認されている。
「ほんっとに魔法植物があらへん。町中にもないって」
「種子が飛んできそうなものなんだがな」
「そうそう。あと、空気中のマナが少ないわ」
「それは俺には感じにくいが、高尾が言ってたな」
「彼、魔法銃士やったもんな」
 そうこう話しながら町を通り、城下街へと進む。なかなか広い国で、関門からすぐの町にも町立図書館があった。そこでも今吉が見た中で一番大きな図書館だった。
「神殿のほうが本はあっただろ」
 町立図書館を見学した際に驚いていた今吉に、笠松が言った。
「それはそれ、ちゅうか、神殿には神様の本しかあらへんかったから」
 生活に根ざすような、例えば料理や服のレシピ本はなかったと今吉は楽しそうに言った。首元の赤いネックレスがきらきらと輝いていたので、今吉の感動はきっと深緋に筒抜けだっただろう。
「そろそろ城下町だぞ」
「うわあ」
 今吉は目を開いた。魔力が薄い。そう呟いて、ネックレスに触れる。異常なのだろう。笠松は一度深呼吸をした。
「取引は俺がやる。今吉は深緋をいつでも呼び出せるようにしておけよ」
「了解や。ほんま、恐ろし。肌から魔力が吸われるんとちゃうやろか」
「本当か」
「いや、例えやけど案外間違いでもないかねしれん。この薄さやと、魔法職はろくに動けん。ワシは深緋様からのバックアップがあるから平気やけど」
「わかった。だったらなるべく魔法を使うな。俺が守る。いざという時まで、魔法が使えることを隠しておいたほうがいい」
「せやろな」
 今吉はきゅっとローブで首元の赤いネックレスと、指輪を隠した。
 帝国図書館。司書に掛け合い、代理の本の返却の手続きを進める。今吉は見たこともない高さの本棚の群れにきょろきょろと忙しないが、初めて帝国図書館に来た方は皆さん驚かれるんですよと司書が言っていた。つまり、怪しくは思われていないようだ。
 こん、と今吉が足音に振り返った。薄い群青のような、白い髪。同色の目。今吉と笠松と同世代の少年。今吉は彼を見て、瞬きをした。
「キミ……」
 声をかけられたと気がついた少年は、驚いたらしい。しぃとジェスチャーし、今吉の手を取った。
「え、あ、」
 少年は帝国図書館の本棚の通路を進む。笠松はそれに気がつけなかった。何故なら少年はスキルを使っていたからだ。
 小部屋に入る。陽の差し込む部屋、四方は本で埋まっている。
 先に火蓋を切ったのは今吉だ。
「キミ、狼同盟の子やろ」
「……お見通しか」
 どうもと、彼は狼同盟のシンボルがついたペンダントを服から出した。今吉も同じように隠していたペンダントを見せた。
「キミの名前は何なん」
「黛千尋。ここで学芸員をしている」
「ワシは今吉翔一や。ジョブは深緋の天使。よろしゅうな」
 深緋の天使。黛はその言葉を口の中でコロコロと転がした。そして、言う。
「随分なやつが所属したものだな」
「普通の人とそう変わらんよ」
「全く違うだろう。実渕たちは元気か」
「元気そうやったで」
「それはよかった。深緋の天使はなぜここに?」
「今吉って呼んでや。クエストで本の返却に来ただけや。黛は長期クエストなん?」
「どこまで見透かしてる?」
 それかあ。今吉は目をふわりと細めたままだ。
「帝国図書館の地下で魔法植物の実験が行われてるって噂やけど、まあ本当やろな。国中にある魔法植物を根こそぎ採取して、兵器を作っとる。魔法職の適性があるやつは、学芸員もしくは司書として徴兵。実験に参加しとるんやろ」
 黛はじっと今吉を見ていたが、はあと息を吐いた。
「どこまで見透かしているんだか」
「誰でもわかることやろ」
「そうとは思えない。それも深緋の天使だからか」
「だからワシは今吉やって」
 黛はそこで提案をした。
「俺は狼同盟のギルマスの実渕から秘密裏の長期クエストとして、本の国の実態を調査してる。魔法の素質があるから“学芸員”として潜り込めたしな」
「で?」
「深緋の天使……今吉は魔力が高い。このままだと帝国に拉致されかねない。だから、きちんと出国するまで、俺がサポートする」
「ん。わかった。で、笠松は?」
「あいつは仲間か? 狼同盟のやつだが……」
「仲間や」
「そうだったか。だと、まずいか」
「賢いやつやから騒ぎにはせんよ。さっさと戻ろか」
「ああ」
 にしても。と黛は眉を寄せた。
「神騒動の話はつい最近聞いたんだが、狼同盟から何人か出たらしいな」
「せやな」
「双剣使いと魔法銃士は、吟遊詩人が歌った中でも耳に残ってる」
「そうなん」
「笠松と高尾か?」
 黛の指摘に、今吉はにっこりと笑った。
「正解や」



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