深緋の籠番外/懺悔


 天使(ミスラ)として、神のそばに居ること。
 今吉翔一として、笠松の隣に立つこと。
 どちらもを、欲張った。でも、きっと、本能は神へと向いている。それが、天使というものだから。
「今吉さんは、もっと恐ろしい人かと思いました」
 茶色の髪がさらさらと揺れている。今吉は、嗚呼夢だと、ぼやいた。
「降旗」
「はい。今吉さん」
「深緋の天使(スカーレット・ミスラ)とは呼ばんのやね」
「今吉さんは、世界が違っても、今吉さんなので」
 懺悔します。降旗は言う。
「貴方を誤解していた。もっと、利己的だと思っていました。けれど、ミスラはあまりに、神に寄っていた」
「せやろか」
「俺は、自分の世界の今吉さんを見ていて、貴方の世界(ミラルエ)の今吉さんを見てなかった。俺が、もっと上手く動いていれば」
「たらればは聞きとうないわ」
「でも、実際にそうだった。俺が貴方を誤解していなければ、もっと強ければ、貴方を天使にさせなかった。永遠の命と若さなんて、手に取らせなかった」
「深緋様が居るから平気やで」
「永遠に、二人きりでもいいと?」
「ワシはそういうモンやからな。降旗の世界(せかい)では違うんやろ」
「はい。とても、違いました」
 恐ろしいほどに、違う。降旗は今吉に手を伸ばす。今吉はそれを受け止める。両手で包み込み、温もりを分け与える。それもまた、天使であるが故の、慈悲なのだろう。
「貴方を信じたかった」
 降旗は言う。
「どうして、俺は信じきれなかったんだろう」
「そんなに後悔しとるん?」
「とても」
 だって、今吉さんは、もう変わらない。神の下位互換として、神の傍に居続ける。笠松の手が、届かないところにいる。
「勘違いやで」
 艷やかに、今吉は笑む。手を、胸に当てた。赤いペンダントを握りしめる。
「ワシの決断を、君のせいにも、神さまのせいにもしない。ワシは、ワシの権限の中で、人生を決めた」
「っだとしても!」
「なあ、降旗。きみは甘い子どもやね」
 愛しいわ。今吉は笑っている。降旗は、そうですよねと目を伏せた。
「俺は、子どもだ」
「でも、充分に大きい」
「そうは思えません」
「初々しいことが、得になることもあるやろ?」
 大丈夫。今吉は降旗の手を、また両手で包み込んだ。
「降旗、今の生活はどうなっとる?」
「え、えっと、学校に通ってます」
「ほな結構や。勉強とかあるんやろ?」
「はい。部活も」
「ん、結構! これからも打ち込むように、ってな」
「今吉さん……?」
 どうして。降旗が今吉の手を握る。繋いだにしては不器用で、綻びしかないそれを、今吉は解かない。
「また、夢で会える。今度は土産話を持ってきぃや。ワシも用意しとく」
「夢が終わるんですか」
「そろそろやろな。懐かしいわ」
 ああ、空が白んで来る。今吉は、また今度こそ話そうと消える最後まで、手を絡め続けた。


・・・


 今吉は宿屋で目覚める。夢を見た。もう居ない筈の人の夢だった。
「ホンモノやろか」
 たとえ、自分の幻想、夢想だとしても、また降旗と言葉を交わせたことで、今吉は胸がいっぱいになったのだった。



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