深緋の籠/PG組/今吉+赤司+笠松+高尾/RPG系謎パラレル/カニバの話も出てきます



 かつての記憶。己が神子たる由縁のそれを少年はぼんやりと回想した。
「僕にはきみが必要だ。」
 赤と黄のオッドアイを煌めかせた少年神に少年は虚ろな表情を向け、そして。
「あなたがのぞむのなら。」



 新緑の初夏、その山道を二人の少年が歩いていた。
「ねー笠松さん!こんな森の奥に何があるんですかー!」
「情報を手に入れたのはお前だろうが!」
「え、まさかアレ?アレのために俺たちはこんな歩いてんの?!やめましょうよ!あんなのデマでしょ」
 引き返そうと騒ぐ少年 高尾和成に、行くだけ行ってみるぞと歩みを止めない少年 笠松幸男。二人は少年とはいえもう16歳と18歳の、そろそろ一人前となる男達だ。二人は山道から獣道となったそこをがさがさと進み、歩く。
「あ、おい。高尾、アレ。」
 笠松が指差す先を渋々見た高尾は目を見開いていく。
「うっそお。」
 そこには森の奥とは思えぬ、荘厳とした神殿があった。
 雑草や蔦はおろか苔さえないそこは、まるで建ったばかりかのようである。それなのに、やけに気持ちが張り詰めるような雰囲気を持っていた。森を抜け、揃って深呼吸をして気持ちを新たに神殿へと踏み出そうとした瞬間。若い男の声が聞こえた。
「こんな山奥に珍しいなあ。お二人さんはどうしたん?」
 二人が素早く背後へと振り返れば、そこには温和そうな笑みを浮かべた少年がいた。歳は見たところ、笠松と同じぐらいだろうか。少々長めの黒髪と細めた目、日に焼けていない白い肌が印象的だ。それに加え、赤に金糸で装飾された布を多く使った動きにくそうな服を着ていた。少年は笑いながら二人に言う。
「まあまあ、そんな殺気立たんと。まず武器から手を離してもらえると嬉しいんやけど。」
「あんた、誰だ。」
「ワシ?」
 少年は目を開いてきょとんとする。そこで二人は少年の目が黒いことを知った。少年は頬を掻いて、しまったなあと呟いてから口を開く。
「スマンスマン。ここに来るんは世話役の分かり切った人ばかりでなあ。まさか知られてないとは思わんかったんや。」
「有名人なのか?」
 困ったポーズをする少年に、高尾が口を開く。
「赤の神殿、全てを統べる深緋の神(スカーレット)。ここがそれを祀る神殿だという情報が正しいのなら、アナタはそれに仕える身では? 例えば、神父とか。」
「ンー、惜しいな。ここが深緋の神を祀る神殿なのは合っとるけど、ワシは神父やないで。」
「じゃあ何モンだよ。」
「キミはせっかちやなあ。ま、ええけど。」
 少年は二人を見てから何でもないように告げる。
「ワシは深緋の神を信仰する神子。深緋の神子(スカーレット・ミスラ)って呼ばれとるなあ。」
 よろしゅう、と軽く頭を下げた深緋の神子に笠松と高尾は視線を交わして自己紹介をした。
「俺は笠松幸男。見ての通り旅人だ。」
「俺は高尾和成でっす。ちょーっと噂話が好きな、同じく旅人でーす!」
 二人の自己紹介に、深緋の神子はふふと笑う。あまりにおかしそうな様子に首を捻れば、深緋の神子は嘘は言うてないなあと言う。
「ただの旅人にしは身のこなしに隙がなさすぎるんちゃう?あとなあ、こーんな場所に観光なんて来うへんよ。ホンマはあれやろ、トレジャーハンターってやつ。」
 高尾は思わず笠松の顔を見る。笠松は臆せずに言った。
「ならあんたこそ神子(ミスラ)にしては武器に臆さないし、観察眼が鋭すぎるんじゃないか。」
 深緋の神子は耐え切れないようにケタケタと笑う。しばらくして、片手腹をさすりながらもう片方の手で涙を拭った。深呼吸をして落ち着いた深緋の神子は言う。
「ワシは昔から人を観察するんが好きでなあ。加えて、ここで殆ど生活していると読書ぐらいしか趣味は出来ひん。」
「でも神殿にある書物なんて。」
「んー、まあワシが特別なんやろけど。あ、ちゃうか。深緋の神様が特別。けっこう血生臭い神様でなあ。知っとるんとちゃう?情報通の高尾さん。」
「……まあ、少しは。」
 渋って笠松を見る高尾に、笠松が頷く。それを見て高尾は口を開いた。
「確か戦争神の一神。その中でも最高神であると言われてて、信者がこの世界中(ミラルエ中)に居るのにそれを祀る神殿は存在しないっていう。で、その深緋の神は全ての戦に勝つという逸話を聞いたことがある。」
「そうそう。そんな神様やから、血生臭い軍記モノがたっくさんこの神殿の書庫にあってな。ある程度までは神子なら必ず読まなあかんノルマがあってな。ワシはそれ以上読んどるけど。」
「軍記たって、たかが読み物だろ。」
「笠松さんは軍記とか読みます?」
「軍記は読まねえな。」
「全く根拠無いじゃないっすか!」
「まーまー、落ち着き。とりあえず今日は帰った方がええで?」
 深緋の神子の言葉に不思議そうな顔をする二人に、神子は苦笑する。
「今日はちょっと儀式のある日でな。道はきっと分かるから、はよ帰り。」
 急かす言葉に、二人が不審そうな顔をすれば神子は困った顔をする。
「儀式が始まったらこの辺りは危ないんや。ほら、動物も魔物も出てこんやろ。もう避難しとる。」
「そういえば、居なかったですね。」
「おかしいとは思っていたが……本当にあんたは神子なのか。」
「いや、やからそう言っとるし。」
「あ、そうじゃん!神子って、もっと子供じゃ」
 言いかけた高尾の口元に神子の指先が当たる。口を噤む高尾に、神子はやはり困り顔だ。
「ワシはちょっと事情が違うんよ。さ、お帰り。」
 そう言うと神子は神殿へと歩き出した。笠松と高尾は顔を見合わせ、気がつけば風すら無くなったこの場所に気味が悪くなって来た道を返した。

 がさがさと歩く山道で、高尾が言う。
「ねえ、笠松さん。」
「なんだ。」
 歩みは止めずに笠松は返事をした。気がつけば神殿からは遠く離れた自然の広場へと出ていた。高尾の顔はいつになく真剣で、笠松は眉を寄せる。何かあったのだろうかと。
「笠松さん、神子について知ってますか。」
「知ってるもなにも。あれだろ、神様へ仕えるやつ。」
「うん。一般的な知識としてはそうなんですけどねー、そりゃ笠松さんはずっと宗教側に突っ込んでなかったですもんねー。正しい知識、というか、本来の神子の存在意義って知ってます?」
 笠松が頭を横に振れば、高尾が本当かどうかは分からないと前置きして告げる。
「生贄なんですよ。神の為にと、死ぬだけの。」
「……おい、それって。」
 眉を顰める笠松に高尾は続ける。
「大体は子供が殺される。ま、口減らしから始まったんでしょうね。でもたまにもう一つの役割を持たせて育ててから殺す。役割って何だと思います?」
「……嫁入り、とか。」
「半分ハズレ。それも正解なんですけど、それだけだったらまだ良かったんですよねー、いや、全く良くないですけど。正解は、」

食べるため。

 笠松の背筋にゾッと悪寒が走る。高尾の顔も不快そうだ。
「生贄として殺すと大体はそのまま焼かれる。子供は万物から愛される姿をしているけれど、大人なら、愛らしい見た目ではない。罪悪感が少なくなる。だから子供は食べずに神様の食物として燃やす。けど大人は神への嫁入りという生贄として殺して、貴重な食料として食べる。しかも生贄の肉は捧げた神の力が宿っているとして、その神を信仰するやつからした喉から手が出るほど食べたいものらしいですよ。つまり行われるのは人肉売買。ほんっと、胸糞悪い。」
「じゃああの深緋の神子は……」
「多分食べられることは教えられていない。けど、あの神子は人間観察が好きだとか、軍記が好きだとか言ってた。軍記によく書かれてるんですよ、神力の宿った肉を食べた英雄の話。」
 もしかしたらと告げる高尾に、笠松が歯を噛みしめる。そんなものは人の所業だと思えないと。
「見た目は俺と同い年ぐらいだったな。」
「ええ、まだ期間はあると思います。」
 笠松が己の武器である二振りの小刀を撫でた。それを見た高尾もまた、黒光りする拳銃を撫でる。
「高尾、どうする。」
 拳銃を撫でていた手を止めて、高尾は口を開く。
「そんなの、俺のセリフっしょ。」
 ニッと笑った姿に、笠松は意志を告げた。
「あいつは俺たちをトレジャーハンターだと見極めた。なら、その間違いを正してやろうじゃねえか。」
 二人の服の中にしまわれた、首元のネックレスには狼のシンボル。

「俺達は俺達が信じる正義のために戦う、狼同盟(ウォルフ)だ。」

 それは異端の集まり。



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