深緋の籠番外
クエスト!シルキーへのお礼


 朝、今吉は深緋の神への祈りを済ませると、まだ眠る花宮と高尾をそのままに、いつもの様に宿の部屋を出た。
 ここは狼同盟の宿。前の様にその身を狙われることは無くなったが、一人で歩き回ることを旅の仲間はあまり良しとしない。しかし狼同盟の宿なら別で、今吉は自由に心置き無く宿の中を歩いた。掲示板を眺め、クエストを確認する。大分慣れた作業で以来の紙を確認し、目星をつけているとおはようと笠松が今吉に声をかけた。おはようさんと今吉は答える。
「いいクエストあったか」
「シルキーにあげる生クリームを探しとるやつ」
「何かめでたいことでもあるのか?」
「何か、シルキーが居ることに気がついてから丁度一年なんやて」
 誕生日みたいなものかと笠松は頷いた。シルキーとは家事を手伝ってくれる妖精族の魔物だ。特に人間を襲うこともないので、人に歓迎されることが多い。シルキーは家事のお礼にミルクを望み、ミルクの中でも好物なのは生クリームだ。
「とびきりの生クリームが欲しいって。しかも今日の夕方までや」
「牧場に掛け合ってみるか」
「牧場は隣町やから早いとこ出発せんと」
「なら花宮と高尾を起こして来い。俺は朝飯を適当に作る」
 今吉は分かったと頷き、部屋に戻った。

 部屋では花宮と高尾がよく眠っており、今吉は朝やでとカーテンを開いて二人に呼びかけた。
「ちょっと急がなあかんクエストがあるから早く起きてな」
「ふあ、おはようございまっすー」
「……」
 欠伸をする高尾と、無言で起き上がる花宮。それを見た今吉は、自分は笠松の手伝いに行くからと部屋を出た。

 キッチンへ向かうと笠松と、何と福井がいた。おはよと振り返る福井の手にはパン。ナイフでカットしていたらしい。
「おはようさん。福井、久しぶりやな」
「深夜に来たからな。お前ら早くから出発するんだって?」
「夜にはまたここに戻ってくると思うで?」
「なら今晩マナ調整な」
 予定空けとけとジト目になる福井に、今吉はハハと乾いた笑いを上げて顔を背けた。
「普通に炎魔法使ってんだろてめえ」
「しゃあないやん、弱点突いた方が早く片付くし……」
「笠松も高尾も花宮も、実力あるから任せとけ。そんでもって水魔法に専念しろ」
 そこで説教は後にしろと笠松が出来上がったサンドイッチを皿に並べた。三人でテーブルにサンドイッチを運ぶと、花宮と高尾が食堂にやって来た。
「おはようございます! あれ福井さんだ」
「おはようございます」
 五人でテーブルを囲み、朝食を食べながら、今吉と笠松がクエストの説明をする。福井は付いて行けないが頑張れよとエールを四人に送り、花宮は蜘蛛の巣の仲間に馬を手配するよう指示した。
「馬なら早いでしょう」
「ああ、それなら確実に間に合うな」
 助かったと笠松が言うと、花宮は効率のためですよと言った。

 準備を整え、福井に見送られて四人は宿を出た。三頭の馬を借り、笠松と今吉は同じ馬に乗った。
「馬の乗り方覚えなあかんな」
「別に邪魔じゃねえよ」
「そういう問題ちゃう」
 そうして花宮を先頭に馬は駆け出した。

 野を超え、川を越え、道中でモンスターに遭遇して戦闘をこなし、隣町には昼頃に着いた。
 牧場に向かうと生クリームを注文する。シルキーへの贈り物と説明すると、どうせならと牧場の主人はとびきりの生クリームを作ってくれた。四人はお礼を言い、牧場を出る。するとあらと声をかけられた。振り返るとそこには諏佐と桃井こと薄曙の神が居た。二人の腕には野菜が入った紙袋があり、どうやら朝市に行った帰りのようだ。
「久しぶりだな。狼同盟は変わりないか」
「変わんねえな、つか桃井はギルマスに手紙でも出せよ。最近悩み事があるんじゃないかって心配してたぞ」
「あちゃー実渕さんには何でもお見通しですね。分かりました、手紙を書きます」
 肩を竦めた桃井に、今吉は何か力になれることがあったら言って欲しいと言った。桃井はありがとうございますと笑い、それではと二人は立ち去った。

 無事生クリームを手入れた笠松一行は行きと同じように馬に乗り、隣町へと戻った。おやつの時間に戻ってきた四人は依頼人に生クリームを手渡すと報酬を受け取って、狼同盟の宿へと戻った。
 宿に戻ると、早かったなと福井が四人を出迎えた。
「そういや赤司が来てんぞ」
「え、深緋様来とるん?!」
「お前らの隣部屋な」
 今吉はバタバタと駆け出し、笠松達は仕方ないなと苦笑した。
「相変わらず天使は神様好きだな」
「氷室もそうなんだろ?」
「そうだな」
 全くあんな目にあったのにと福井は呆れ顔で、花宮はその通りだと不満そうな顔をした。
「あの人、深緋に殺されたようなものなのによく懐けますね」
「ミスラってのは常人には理解できないってことですよ!」
 ともかく急いで馬に乗ったから疲れたと高尾が言うので、取り敢えず休憩にするかとその場で一旦解散となったのだった。



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