深緋の籠34


 ただの人間だった、黒子と桃井だった神がそこにはいた。色のついた光を纏った彼らは微笑み、笠松一行と自警団と誠凛を見渡す。そして、儀式は無事終わったのだと語った。
「僕は黒の神(ダーク)、人間の名前は黒子テツヤ」
「私は薄曙の神(ピンクピーチ)、人間名は桃井さつき」
 世界(ミラルエ)は僕らに答えてくれたと、黒子は言い、腕を上げた。

 瞬間、祭壇を囲むように五色の光が空に浮かび上がる。赤、青、緑、紫、黄色のそれのうち、青と黄色からふわりと神が飛び出した。
「笠松センパーイ!!」
「ぐっ」
 笠松に飛びついた黄色い髪をした少年、の姿をした光を纏う神は満面の笑みで口を開く。
「オレのこと覚えてるッスか?! ほーらーちっさい頃に会ったーー!」
「うるせえ!」
「ぐはっ」
 腹に一発蹴りを入れた笠松は、お前は誰だと神に問う。神はニコニコと笑って自らの胸に手を当てた。
「オレは鬱金の神(カナリー)! 人間としての名前は黄瀬涼太だった気がするッス!」
「ふわっとしてんな……」
 何せもう数百年は前のことなのでと鬱金の神は笑った。

 その一方で、青い光を纏う少年神はああと頭を掻いて薄曙の神を見る。
「さつきは神になったのかよ、神子にできねえじゃん」
 今吉サンは深緋に取られたし、と彼は辺りを見回して、桜井に気がつくとずかずかと近寄った。そして目の前に立つと口を開く。
「じゃあオマエがオレの神子な」
「はひっ?!」
 桜井が目を白黒させていると、少年神は気だるそうに自己紹介をした。
「オレは紺碧の神(アジュール)。人間名は青峰大輝。好きに呼べ」
「え、あ、す、スミマセン!!」
「あ?」
 スミマセンと頭をペコペコ下げる桜井に、落ち着けと紺碧の神は面倒そうに呟いた。

 緑間は一度高尾を見たかと思うと緑の光へと向かい、階段を上るように光へと近付くと腕を突っ込んだ。高尾が真ちゃんと叫ぶ声が聞こえる。だが緑間は止まらず、何かを掴むとずるりと球体から何かを取り出した。それはまだあどけない少女だった。出した瞬間に緑の光が少女から緑間へと移動し、少女はふわりと外に投げ出される。高尾は駆け出して、落ちてくる少女を抱きとめると、おいと揺さぶる。そして少女が目を開くと、高尾はぽろりと涙を流した。お兄ちゃん、少女がか細い声で言うと、高尾はお帰りと、別れた時の記憶とひとつも違わぬ妹を抱きしめた。

 誠凛の皆は黒子を取り囲み、黒子は全員に頭を下げた。自分の我儘で皆にはとんでもない迷惑をかけた、謝っても謝りきれないと。誠凛のギルマスである相田はその言葉を聞き、謝罪はしてもしきれないだろうと言った。黒子は黒子自身と桃井と今吉という三人を殺したも同然で、だからこそ、その罪を背負って神として働いて欲しいと言った。
「今の貴方には世界を変える力があるのでしょう」
 だからどうか、背負ったままで前を向いて欲しいと誠凛は告げた。

 桃井はそっと紺碧と桜井のやり取りから目を離すと、諏佐と若松の元へ向かった。二人が悲しそうにするのを見て、桃井は頭を下げる。今吉さんを見殺しにしてしまったと悔しそうに言うのを聞いて、諏佐は誰にも止められなかったのだと頭を振った。

 福井はそっと紫色をした神を見上げる。そこには気まずそうにする少年神、藤紫の神(オーキッド)がいた。
「悪くないしー」
「俺は何も言ってねえよ」
 ただ、と福井は言った。
「氷室の、目を戻してやれねえか」
「……できる、けど」
 でも室ちんが俺から離れてしまうと不安げにした藤紫に、福井は馬鹿だなあと笑った。
「氷室は離れねえよ、絶対に」
「……ウン」
 じゃあ今から行ってくると、藤紫は言うとふわりとその場から消えた。氷室の元へ向かったのだと福井は理解し、苦笑した。案外神様ってのも馬鹿だなあと言っていた。

 そうして笠松は赤い光を見上げる。鬱金の神は言った。
「深緋の神もオレたちと同じで、地上に出てこれるようになった筈ッス。だから……」
 高尾と、若草の神(グラスグリーン)としての力を取り戻した緑間は言った。
「妹を取り戻せました。だから、きっと」
「そうなのだよ」
 笠松は赤い光を睨みつける。そして、囁いた。
「今吉、戻ってこい」
 赤い球体がきらきらと輝いていた。

………

 今吉はそっと目を開く。そして、案外近くにいた神様にくつくつと笑った。
「深緋(スカーレット)様、おはようさん」
「嗚呼、おはよう。俺の神子」
 寝そべる今吉の黒髪をさらさらと撫でて、赤い髪をした深緋の神は笑った。
「やっと会えた。もう随分と、夢で会えなかったから」
「神殿に入る前は毎日会ってたのになあ。どうして会えんようになったんやろ」
「深緋は他の神々の中でもトップに位置する。そして、僕と俺が不安定だっただろう? そんな俺たちの支えになっていた神子に、少し世界(ミラルエ)が嫉妬したんだよ」
「そうなん? 世界ってのも心が狭いなあ」
 今吉はそっと上半身を起こし、変わらず自分の髪を撫で続ける深緋に、擽ったいと笑った。
「それで、儀式が完成したんやろ。世界はどう変わったん?」
「半分ぐらいは知っているんだろう?」
 そうやなあと今吉は思案顔になった。
「灰の神(グレイ)は神子制度が消えるって言ってたわ」
「そう。過去未来現在の神子制度は消えた。でも、決定された運命によって神子にしかなれない人もいる」
「ワシみたいなやつか」
「そういう人は天使(ミスラ)になったんだ」
 天使とはと今吉が首を傾げる。深緋はにこりと笑って告げた。
「神の使い。けれどそれ以上に“神のそばにいるもの”という役目を背負うんだ」
「うーん、それってもう人間やないってこと?」
「そう。残念だけど、きみはもう人間ではない」
 ちっとも残念じゃないくせに。今吉がそう笑うと、深緋もまた笑った。
「長い時間をかけて、僕と俺は同一となった。そのきっかけとなったのは、俺たちをきみが受け入れてくれたことだよ」
 そんな人をそばに置けるなんて、そんなに良い事はないと彼は笑った。
 今吉は仕方ないやつめと笑い、ふと周りを見回した。何もない空間はただ柔らかな白い光に溢れ、二人だけがぽつりと座っていた。
「殺風景なところやね」
「あの頃と何も変わってないだろう」
 その通りだと、今吉は懐かしそうに辺りを見た。そして、ふと他とは違う光の粒があることに気がつくと、にやりと笑った。

 なあ深緋様、今吉はそう言って深緋を見た。なんだい、深緋は微笑む。
「外を見とうない?」
 その言葉に、深緋は一度唖然としてから、くしゃりと笑った。
「嗚呼、それは」
 そして今吉は深緋に手を差し伸べる。その手に深緋の手が、重ねられた。
「一年なんて言わんと、ここと行ったり来たりすればええやん」
「本当に、その通りだね」
 その言葉に今吉がほころぶように笑うと、深緋は一度その手をぎゅっと握りしめた。
「名を、名を呼んではくれないか」
「名前?」
 今吉がきょとんを目を開くと、深緋は笑顔で告げた。
「赤司征十郎。それがかつての名だった」
 そうか、と今吉は微笑んだ。そしてその軽やかな声で、赤司と呼んだ。
「赤司、はよ行こか」
 そうだねと深緋の神、赤司が笑うと、二人は光の粒へと駆け出した。

 そして光の終わり、粒のアーチに二人は飛び込んだのだった。



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