ひとりっきり坊っちゃん/黄瀬+今吉/もしかしたらと願う箱の中
!捏造注意!


 誰からも手を伸ばされた。けれど、誰の手も取らなかった。かわいいかわいいと愛でられた幼子だった俺は、手を差し伸べられることしか知らなかった。外見だけ愛でられた俺の、幼い心を掬おうとする人はいなかった。子供の心は繊細で横暴で面倒なことこの上ないのだろう、だから俺は人より早く大人になった。手を差し伸べられても、笑顔を振りまくだけにした。その手を取ったら、振り払われることが分かっていたのだ。
 でも、何処かで期待していた。俺の心を掬おうとする人が現れることを。大人になった俺の心を掬おうとする人が現れることを。

「ひっどいカオやな」
 ぐしゃりと頭を撫でられる。低い位置から伸ばされた手が、やけに温かい。
「飼い主はどうしたん?」
 わしゃわしゃと撫でられる。声色は優しくて、目が潤みそうだ。
「飼い主って、」
「笠松君や笠松君。で、連絡すればええん?」
「ちょっ、ま、」
「あーあかんの?めんどいわー」
 ぐさりと心に突き刺さる言葉に、この人も俺の心を掬って、優しくしてくれないのかと理解した。落胆は、勝手に期待したからだ。
「ジブンなーアホやろ」
「なっ?!」
 そんなことはないと叫ぶ。そりゃ成績とか行動がバカっぽいとか言われるが、目の前のあなたに言われる筋合いは無いはずだ。
 わあわあとそう言うと、あなたは何時もの細められた目と目が合った気がした。ゆるりと、弧を描いていた口が動く。
「思い込み。」
「……は?」
 ぽかんとすると、あなたは語る。
「ジブンな、もうとっくに大人になったと思っとるんやろ。そんなもん思い込みやで」
「なに、言ってんのアンタ」
「仕事してるから?精神的に大人?巫山戯とるん?」
 言葉が、ぐさり、ぐさり。何でわかったような口なのだ。誰にだって言わなかったのに。言いふらすような子どもじゃないのに。
「強がり。見栄っ張り。バレバレやで。」
「そんなっ!」
 ぽん、と頭に手が乗った。あなたの目を見た。優しく、微笑み。
「そんな子どもな黄瀬君に、お友達が迎えに来てんで?」
 ちょいと指した先、見ると居たのは海常バスケ部。なんで揃ってんのとか、なんでそんな優しい顔をしているのとか。ぐるぐると頭の中が混乱した。けれど、ぽんと方を叩かれてあなたを見た。
「ジブンはジブンが思うとるより子どもや。だからそこから目を離さず、目的を思い出すことから始めよか」
 目的、
「手を、」
「うん」
「手を、取りたかった」
「うん」
「掬ってほしかった」
「うん」
「掬って、汲んで、」
「ちゃうやろ」
 あなたが笑っていた。
「救ってほしかったんやろ」
「あ、」
「引っ張り上げてほしかったんやろ」
「ああ、あ、」
「手を取って引っ張って、救ってほしかったんやろ」
 涙が後から後から流れる。喚くように泣いた。背中を摩る手は優しくて、近寄ってくる海常のみんなの足音に安心して、俺はたくさんたくさん泣いた。まるで幼子のように。
(ああ、そっか)
 俺は幼い頃から何も成長なんてしてなかったんだ。



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