深緋の籠19


 花宮と高尾が前に出て、笠松が今吉を守るように腕を引っ張った。福井もまた目を鋭くするが、しかし伊月と降旗はそれらを気にすることなく、強い目で五人を見た。
「俺とフリを連れて行ってもらえませんか」
「どういうつもりだ」
 福井が言うと、高尾もまた頷いた。
「さっき襲ってきた人間をそう簡単に信じられませんよー! 」
 だが、伊月も降旗も引く気は無いらしかった。二人は頭を下げ、もう一度同じことを繰り返した。
「連れて行って、もらえませんか」
「お願いします! 」
 その様子に笠松が理由でもあるのかと問いかけた。福井がバッと笠松を見、高尾と花宮はスッと目を細めて伊月達を見た。
 その目を察したように、顔を上げた伊月が静かに語った。
「黒子の考えに全員が賛成しているわけではないんです」
 むしろ、誠凛には反対している者が多いと。
「黒子は、元々あんな奴じゃなかった。突然、変わってしまった」
 伊月が言うと、降旗もまた頷いた。本当に突然、朝目が覚めたら彼は変わってしまっていたのだと。
「それに、黒子が神になるってことは死ぬことと同義です。だから俺たちは黒子を助けたい」
 どうしても、と伊月は言葉に力を込めた。
「俺たちは誠凛の船から降りました。除名処分になっています」
 もう行く当ては無い。伊月はそう語った。

 高尾までもが黙り込む中、笠松の後ろにいた今吉が口を開いた。
「キミ、えっと降旗はどう思っとるん? 」
 笠松が今吉を見る。今吉はにこりと笑みを浮かべていた。一方で、突然話しかけられた降旗は顔を真っ赤にしてもごもごと口ごもっていたが、しばらくして意を決したように顔を上げた。
「黒子を、助けたい、です」
 うん、そうなんやね。今吉は笑っている。
「嘘も、偽りも無く。キミは黒子を助けたいと心の底から思っとる。ええよ、信じたろうやないか」
「今吉さん!? 」
 高尾の叫びに、花宮が長い息を吐いた。そして諦めたように頭を振っている。
「この人が“サトリ”を以って言うなら、信じるしかねえな」
「サトリってなんだ? 」
 福井の言葉に、高尾はあの時のカードゲームと呟いた。まるで相手の手札が見えているかのような戦略を練る人。こちらの心を読むかのような、的確な言葉選び。しかし高尾はそんなスキルなんて無いと断言する。それでも、花宮は続けた。
「スキルじゃねえな。この人のそれはただの観察の賜物だ。僅かな呼吸の乱れ、瞳孔の動き、指先の癖、巧みな話術。それらを総合して、この人は相手の考えを読み取る」
 その説明に今吉は買いかぶりすぎだと笑った。
「そんな大層なこととちゃうよ。ただ、そこの伊月は知らんが、降旗は朝に会ってなあ。信じられると思うで」
 再び宣言した今吉に、ならばと笠松が判断を下した。
「スパイでは無いと信じる。ただし、怪しい行動をしたらぶった斬る」
 小刀を取り出して見せた笠松に、伊月は目を合わせた。
「構いません。俺たちは黒子を助けられるならどんな事だって出来ます」
 そんな伊月の隣で、降旗がそっと口を開いた。
 神様と繋がることができる神子と行動する皆さんなら、もしかしたら真実と平和への手段に辿り着くことが出来るかもしれないと。
「夢物語だって分かってても俺は、本当は、皆を助けたいんです」
 降旗は言った。
「俺は、黒子だけじゃなくて、全ての……知っている人を助けたい」
 甘くてもいい。ただ、助けたいのだと。降旗の言葉に、笠松がニイと笑った。
「無謀、無鉄砲、無知。いいじゃねえか」
 俺と同じだと、笠松は笑った。


 ところでと春日がドラゴンの首元から帰ってきた。どこに向かうかと言うので笠松一行は揃って顔を見合わせた。
「全く考えてなかったが」
「サクラの滝にそのうち行ければいいなあ、みたいな感じでしたね! 」
「お前ら、無計画にも程があるぞ……」
 福井が全くとため息を吐いた。
「それなら、ウチに来るか」
 ウチってどこだと今吉が首を傾げる。福井は苦笑した。
「陽泉(ヨーセン)の本拠地って言えば分かるか」
「えっと、確かエクソシスト集団やったな」
「そうだ。宗教関連ならあいつらが強いし、何よりあいつらも神子を知ってる」
「どういうことだ」
 笠松の問いかけに、行けばわかると福井はどこか虚しそうな顔で言った。それを横目に花宮が口を開く。
「陽泉の本拠地、教会の国ですか。今いる国は海の王国で、教会の国は隣国ですよ」
「教会の国、か。本で読んだことあるで。確か、どの国よりも小さくて、宗教に強いことを理由にあらゆる戦争で中立国の立場をとる、やったか? 」
 福井はその言葉に頷き、春日は国境付近でドラゴンから降りて陽泉の本拠地に向かおうと提案した。空を飛ぶドラゴンはとても目立つ。余計な荒波を立てぬように、それが良いだろうと話は纏まったのだった。



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