深緋の籠11

 安宿に高尾と今吉が戻ると、不機嫌そうな花宮が出迎えた。ぐちぐちと文句を言う花宮に、今吉はまあまあと落ち着かようとし、高尾は姿の見えない笠松を探した。するとキッチンの方から大皿を持って出てきたので、俺も手伝いますと高尾もキッチンへ向かった。
 朝食を食べ始めると今吉がそういえばと呟いた。
「笠松は怒らんの? 」
「怒って欲しいのか」
「あ、やっぱ無しで」
 全く、と笠松は息を吐いた。
「花宮があんだけ怒ってんだからいいだろ」
 苦笑する笠松に今吉はなるほどと頷く。その横で花宮が再びぐちぐちと文句を言いだすので、高尾がまあまあと笑った。

 食事の後、宿を出発した一行は真っ直ぐに港町へと向かった。途中、モンスターに襲われれば戦闘をし、経験値を稼いだ。そしてその中の一体、ゴブリンとの戦いでのこと。
 花宮が走り、高尾が発砲。笠松が今吉を守り、今吉はいつでも魔法が出せるように心構えていた。花宮の一撃で無事にゴブリンを倒した時、ズウンと地鳴りがした。驚く花宮と高尾、それらを見て笠松が叫んだ。
「気をつけろ! 」
 ゴーレムが来るぞ、と。
 すぐさま地面が盛り上がり、近くにいた花宮がその場から素早く退いた。ごろごろと音を立ててゴーレムが地面から出てくると、高尾がマズイと呟いた。
「野生のゴーレムとか絶対ロクなもんじゃないじゃないですかー。うわあ」
「スキルを叩き込むしかねえな。花宮は有効な技を持ってるか? 」
「いえ、俺も無いです」
「え、これ俺と深緋の神子さんが頑張らないとって感じですか? 」
「あの人も戦えないわけじゃ無いですし、たまには働いてもらいましょう」
「あれ、花宮さんて案外過保護じゃないんです? 」
「傷一つでも付けたらテメエの脚をもぐ」
 うわ怖いと高尾が腕をさすった。笠松が今吉を見ると、今吉はニコリと笑って指輪をゴーレムへ見せるように手を出した。ゴウッと風が舞い上がり、胸元のネックレスが赤く煌めく。途端に放たれた大きな炎がゴーレムを襲った。
 それを見て高尾も詠唱し、発砲。ゴーレムの心臓部にある宝石を撃ち抜いたが、ゴーレムの心臓は額にあるもう一つの宝石だったようで、彼は岩を一行へと放った。その岩を笠松と花宮がスキルで破壊する。
 抵抗を続けるゴーレムに今吉は眉を寄せ、それから目を伏せてそっと手を合わせた。ふわりと今吉の髪が揺らめき、赤いネックレスが美しく輝く。
「深緋(スカーレット)様のご加護を……」
 小さく囁いた声に、皆が反応した。それは正しく、神子術の発動のサインだった。途端にゴーレムががくりと姿勢を崩し、動かなくなる。その隙に高尾がゴーレムの心臓である宝石を、魔法を纏った銃弾で撃ち抜いた。叫び声すら上げず、ゴーレムはただの土の塊へと戻り、崩れ落ちた。
 花宮はいつものドロップアイテム探しもせず、今吉に駆け寄った。しかし花宮より近くにいた笠松が彼へと声をかける。今吉はにこりと笑って見せた。その笑顔に花宮がホッと息を吐く。その間に高尾はゴーレムだった土の中から宝石の欠片を探し出して、皆の元へ駆け寄った。
「魔法石ですよこれ! というわけで深緋の神子さんどうぞ! 」
「え、ワシ? 魔法石なら高尾が持ってもええんとちゃう? 」
「俺はストックがあるんで大丈夫ですよー! 」
「使い方は分かるか? 」
「MPが減ったら触ればええんやろ? けど、魔法石って高価やし……」
「拾い物ですし、欠片なんでそこまで高価でもないですよ」
「ほら! 花宮さんも言ってますし! 」
 どうぞと差し出した高尾に、ありがとさんと今吉は魔法石の欠片を受け取った。

 道の途中、日が暮れそうだからと野宿をすることになった。花宮とその仲間たちが主に動き、笠松と高尾もまたテキパキと用意をした。今吉も出来ることはないかと笠松達に聞きながら、不慣れな様子で火に焚べる枝を集めたりした。
 すっかり野宿の支度が整うと、火を囲んで保存食や野生の果物を食べた。
「そういえば、この調子やと元々期限までに港町へ着かんかったんとちゃう? 」
 ふと思い出したように今吉が言うと、嗚呼と笠松と高尾が答えた。
「途中でどっかの馬車に相乗りさせてもらおうと思ってたんだよ」
「運悪く出会えなかったんですけどね! 」
「ええ、そんな緩い感じなん? 」
「ま、間に合うからいいんだよ」
「それはそうなんやろけど……」
 今吉が計画性が足りないとため息を吐けば、花宮がしかしと声を上げた。
「港町と職人の街はよく商品が行き来しますから、普通は馬車に出会えると思うのですが」
「運が悪かった、で済ませるにはおかしいってことなん? 」
 花宮が頷くので、高尾も頷いた。
「それもそうですね。何かあったのかも」
「あったとすれば、山賊が出たか、もしくは厄介なモンスターが出たのかもしれませんね」
「しかしその類の噂は狼同盟の宿で聞かなかったし、歩いていて珍しく出たのはゴーレムぐらいだ」
「え、ゴーレムって珍しいん? 」
「けっこう珍しい方ですよー! でも、ゴーレムは魔法攻撃さえ出来ればそんなに脅威でも無いんで、馬車が無かった原因にはならないと思います」
 笠松が難しい顔をして悩んでいたが、頭を振って今は考えても仕方ないと火の番を二人に増やして交代で休もうと提案したのだった。

 ぱち、ぱちと音がする。不意に目覚めた今吉が上体を起こすと、起きたかと声が掛かった。それは花宮の仲間の一人と火の番をしていた笠松の声で、今吉はほっと息を吐いた。
「なんか目覚めてしまってなあ。火の番代わろか」
「いやお前の番はまだ先だ。寝とけ。明日持たねえぞ」
「それはそうやろけど、眠れそうにも無いわ」
 そうか、と笠松は小さく返事をし、手招きをした。呼ばれるままに今吉が笠松の隣に座ると、怖い夢でも見たかと質問された。今吉は頭を横に振る。
「何も見んかった。ワシ、夢なんてもうずっと見とらんよ」
「ずっと、なのか」
「せやで。10年ぐらいは見とらんかも」
「覚えてないだけじゃねえのか? 」
「さあ、どうやろ」
 首をかしげる今吉に、悪夢を見るぐらいなら忘れてた方がいいだろうと笠松は言った。その言葉に、もしかしてと今吉は質問する。
「笠松は悪夢を見るん? 」
「……まあ、たまにな」
 ふうんと今吉は焚き火を見た。小さな焚き火はそれでも暖かい。ひんやりと冷たい夜にはとてもありがたい熱源だった。花宮の仲間がそっと焚き火に木を焚べた。
 笠松が長い木の枝で火を触る。こつこつと、焚べた木の位置を直したのだ。その様子を眺めながら、今吉は言った。
「どんな夢か聞いてもええの? 」
「……」
「嫌なら話さんでええよ。無理に聞きたい訳やないし」
 いや、と笠松は告げた。大した夢じゃない、と。しかし、大した夢だから悪夢なんだろうと今吉はすぐに反論した。笠松が苦笑する。
「本当に大した夢じゃねえよ。ただ、そうだな。守れなかった夢、だな」
「守れなかった? 笠松が? 」
「お前は俺を何だと思ってんだ」
「ワシを誘拐してまで守ろうとしたアホ」
「お前な……」
 冗談だと今吉は笑った。
「大きな勇気と決断力のある人やと思っとるよ」
「美化されてんな」
「そうやろか」
 そうだよ、と笠松は笑った。

 夢を見るんだ、と。

「猫が殺されたんだ」

 あの日、父親が言ったのだ、と。

「病気を持っているから、ってな」

 大切な息子が病になど掛かってはならない、と。

「訳わかんねえだろ」

 やがては王に仕えるのだから、と。

 その未来の為には、一匹の猫の命を奪うことなど【何の罪にもならない】のだと。

 笠松の静かな目と言葉に、今吉は黙って耳を澄ませていた。やがて静寂が訪れると、今吉は質問した。
「だから、誰かを守りたいって思ったん? 」
「いや、このことが全てじゃねえよ。でも、あの人に疑問を持ったのはそれが最初だったかもな」
「そうなん」
 そうして口を閉ざした今吉に、笠松は瞬きをして不思議そうに口を開いた。
「聞かねえんだな」
「何を? 」
「父親のこととか、そういう事を」
「聞いて欲しいん? 」
「それは、」
「うそうそ。聞かんよ」
 ふふと今吉は笑った。
「人間には聞かれたくないモノがあるやろ。花宮も、高尾も、笠松も。だから、ワシは聞かんよ」
「それでいいのか」
「何が? 」
「俺は、お前の秘密を追求したんだぞ」
 笠松の強い目に、今吉は目を丸くしてまた笑った。
「ええのええの。ワシのことはええやろ。だって笠松は約束したやん」
 そうだろう、と今吉が笠松を見る。笠松は少し唖然としていたが、くしゃりと笑った。
「お前、めんどくせえな」
「え、ひっど! 今そういう話やないやろ?! 」
「うるせえ。騒ぐとみんなが起きるぞ」
「誰のせいやと……」
「俺だな」
「自覚してんのかい」
 はあ、と今吉が息を吐く。そして大丈夫と笑った。
「もう聞かんよ。聞かれたくないって分かったんやから、大丈夫。悪い事でも無さそうやし」
「もし俺が極悪人だったらどうすんだよ」
「んー、これでも目利きには自信あるで」
「へえ、じゃあこれからは存分に働いてもらうか」
「あ、なんか墓穴掘った気がするわあ」
 笠松がハハと笑い、じゃあそろそろ寝とけと言った。今吉もそうすると承諾し、自分の寝床でそっと横になったのだった。



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