深緋の籠6


 笠松が隠し通路から出ると、ふと部屋の一つが賑やかなことに気がつく。それがゲーム室であると分かると、笠松はまたかとため息を吐いて通り過ぎようとしたが、立ち止まった。そして部屋の中を見た。
 部屋の中では、いくつもテーブルがあるにもかかわらず一つの机に皆が群がっていた。テーブルに着くのは六人。狼同盟の見慣れた顔が並ぶ中に、何と今吉がいたのだ。
 彼の白い指にはカードがあった。それはポーカーに興じているのだとすぐに分かり、次に今吉の前に積まれたゲーム用のコインの山に目がいく。彼の首元で赤い宝石が輝いた。
 笠松は入り口で様子をじっと伺った。今吉の近くには高尾が居て、興奮気味に目を輝かせていた。
「こういう心理戦はあの人の得意分野でしょうね」
 笠松が振り返ると、同じようにゲーム室を眺める花宮がいた。その目はどこか哀愁を感じさせるもので、笠松は少々意外そうな顔をした。
「それは深緋の神(スカーレット)を信仰しているから、って訳じゃなさそうだな」
 花宮は、ええ勿論と呟いた。
「昔から、あの人の特技みたいなモノですよ。読心術、とでも言いましょうか。俺は妖怪って思ってますけど」
「いい呼び方じゃねえな」
「ええ、知ってます。ただ、それぐらいにあの人は相手の心を読むことに長けている」
 花宮はそう言い放つと足音を立ててゲーム室に入った。高尾が気がつき、笠松さんも花宮んもこっちに来てくださいよ凄いんですよと大声で呼ぶから、笠松は大体わかると言いながら部屋に入った。

 早朝、笠松が目を覚ますと着替えを済ませた今吉が窓の方を向いて手を組んでいた。静かな祈りを捧げているその様子を、笠松は唖然と見つめた。
 祈りを終えたらしい今吉が組んでいた手を解いて、振り返った。
「おはようさん」
「あ、ああ。おはよう」
 今吉はクスクスと笑いながら言う。
「ぼけっとして。そんなに珍しいん? 」
「いや、まあ、俺にとっては」
「そうなん」
 今吉は楽しそうに笑いながら、朝ごはんはいつ食べるかと問いかけた。なので笠松は、着替えたらキッチンに行ってみるかと返事をした。

 笠松と今吉がキッチンに行くと、早朝の為に誰もいなかった。適当につまむかと冷蔵庫を開く笠松の後ろで、今吉はきょろきょろと物珍らし気にキッチンを見回していた。そしてそっと食器棚に手を伸ばした時、おいと笠松が声をかけた。
「何してんだ」
「え、皿があるなあって思ったんやけど」
「それは分かる。そんな片手でその大皿を持てるわけねえだろ」
 あとつまむだけならこっちでいいと笠松は適度な皿を出し、クラッカーを並べ、その上にチーズやハムを乗せた。ミルクをコップに注ぎ、さあ飲んで食えと今吉に差し出した。今吉はおずおずとコップを受け取り、口をつける。
「あれ、これ知らん」
「ん? ああ、ヤギのミルクな。ウシのは高いから置いてねえよ」
「そうなんや」
 今吉は納得し、クラッカーに手を伸ばした。ぱり、かりと食べてぽろぽろとこぼす。一口で食べるんだよ、と笠松は呆れたように言い、ぱくりと食べて見せた。今吉はそれを見て、同じように口に放り込み、咀嚼した。
「のせただけなのに、うまい」
「あー、鮮度だけは良いってことだろ。ここは消費が多いから古くなるまで残ってねえんだ」
「うーん、そうなんやろか」
 今吉は不思議そうに首を傾げていたが、笠松は食べ終わったらクエストを見に行くぞと告げた。今吉がまた不思議そうにするので、笠松が理由を話した。
「金が足りないわけじゃねえよ。宿に寄ると毎回見るんだ。もう習慣になってる」
「なるほどなあ」
 そしてワシも見ていいのかと今吉が不安そうにするので、見られて困るものは掲示してないと笠松は言った。

 笠松と今吉が宿内の掲示板に向かうと、途中で声をかけられた。笠松がすぐに振り返れば、ようと手を上げて挨拶をする少年がいた。
「根武谷か。朝早いな」
「あー、目ェ覚めちまって」
 そして今吉をじろりと見たので、今吉は軽く会釈をして笑った。その笑みに根武谷は気まずそうに朝の挨拶をし、二人とすれ違った。
 しかし離れたところで立ち止まると、根武谷は振り返った。
「アンタと似たヤツを見たことがある」
 遠いからだろうか、笠松は根武谷の真意を汲み取れずに眉をひそめた。しかし今吉を見ていると分かると、笠松は息を吐いた。
「だから? 」
 それで何だと笠松が問いかければ、根武谷は頭を掻いて言いづらそうにしたかと思うと、まあいいかと口を開いた。
「あんま深入りしない方がいい」
 それは笠松に言われた言葉で、笠松はただそうかと返事をして今吉の腕を引っ張って掲示板へと向いた。今吉は根武谷を見ていたが、やがて彼が背を向けると笠松と同じように掲示板を眺め始めた。

 笠松が腕から手を離し、腕を組んで一つ一つの依頼を見つめ始めた。今吉も依頼の紙を眺めていたが、すぐに息を吐いた。
「さっぱり分からん」
「あ? 」
「いや、読めはするけどな。イマイチ単語が分からんっちゅうか。んー、ああそう、相場が分からん」
 例えば、と今吉は一つの紙を指差した。
「これ、ゴブリンの討伐。報酬は金貨一枚。これは割に合うん? やってゴブリンて群れとかあるんやろ」
「群れはそりゃあるけどよ。……そもそも物価とか分からねえか? 」
「昨日歩いてた時にある程度は把握したつもりなんやけど、実感があんまり沸かんっていうか」
「じゃあこれから買い物の時は連れ出すし、クエストも毎回教えるわ。で、その報酬のことだけど、まあ割に合わねえな」
「あ、そうなん」
「群れってのが要因の一つ。6体討伐になってるけど彼奴らは仲間を呼ぶからな。あと場所が悪い。少し前だけど、その近くにゴブリンの巣があるって報告があったんだよ」
「そら、アカンな」
「だからその依頼は集団戦が得意な他のギルドに回されるだろうな」
 それなら最初からそちらに依頼すればいいのにと今吉が言ったが、笠松はなるべく安く済ませたかったんだろと息を吐いた。

 掲示板を一通り見ると二人は食堂に向かった。そろそろいい時間だから食事をしようということだ。食堂に入ると高尾がテーブルから声をかけてきた。隣には花宮も居た。
「笠松さーん! 席取っておきましたよ! 」
「おうサンキュ。二人ともおはよう」
 方や元気に、方や静かに挨拶をすると今吉も挨拶をした。
 四人でテーブルに着くと店員がやって来たので注文を済ませる。メニューに値段が書いてないと今吉が不思議そうにしていたので、高尾が宿代に食事代も含まれていると言った。
「いちいち細かく払ってなんてられませんからね! 」
「大雑把なんやね」
「まあ利用するのが狼同盟の仲間ばかりだからでしょう」
「正解だな」
 そう会話しているとすぐに料理が運ばれてきて、四人は賑やかに食事を始めたのだった。

 食事が終わった頃、そういえばと今吉が口を開いた。
「花宮はギルドマスターと知り合いなん? 」
「……別に大した関わりはありませんよ」
「そういえば実渕が久しぶりって言ってたな」
「……」
「喋っちゃいましょうよー大したことじゃないって今言ったじゃないですか! 」
「……別に」
 あの花宮が渋るので高尾も笠松も気になったが何も言えずにいると、今吉が口を開いた。
「ギルド立ち上げる時、アドバイス貰ったって人やろ」
 花宮がバッと顔を上げると今吉がにこりと笑みを浮かべていた。
「ちゃんと、忘れとらんよ」
 笠松がぴくりと肩を揺らした。それに気がつかずに、高尾はこれで話を聞けると顔を明るくした。
 花宮がハハと乾いた笑い声を上げた。
「ほんっと、アンタは変わんねえな。その通りですよ。野良で仕事してた俺たちにギルド立ち上げさせたのが実渕です」
 花宮はいつもの調子に戻っていた。実渕が声をかけてきた事、ギルドの利点と欠点を教えてもらった事、それらがギルドを立ち上げる要因になった事。花宮は淡々と述べ、だから実渕とは知り合いだったのだと締めくくった。
「まあ、狼同盟のギルマスって知ったのは、ギルドで仕事請け負い始めてしばらくの事ですけど」
 只者ではないと分かってはいたが、と花宮は苦虫を噛んだような顔をした。その顔に高尾がけらけらと笑う。
「実渕さんは掴みどころがないですからね! しょうがないですよ」
「でもそこが魅力のお人なんやろ? 」
「だろうな。ま、あの人の事は気にすんなよ」
「気にしてませんけど」
「めっちゃ恨めしそうじゃないですかーやだー! 」
 ケラケラ笑う高尾に花宮がうるさいと言い、今吉がそれを微笑ましそうに見ている。そして笠松がそれらを眺めた後にそろそろ出発の準備をするぞと言ったので、四人は揃って席を立ったのだった。



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