深緋の籠5


 職人の町は旅人や商人で賑わっていた。笠松と今吉は高尾達と合流すべく、道を歩いていた。今吉は店先や人々を興味深そうに眺め、笠松はそんな今吉を見守っていた。そして、ふと今吉が顔を上げ、空を見る。笠松もまた空を見た。町の外、山の向こうを大きな船が空を飛んでいた。
「笠松! あれなんや?!」
「あー、落ち着け。まあ、珍しいけどよ。」
「何、空を船が飛んどる!!」
「落ち着け。ありゃ、誠凛号(セーリン・シップ)だ。この世界(ミラルエ)で唯一空飛ぶ船を所有するギルド【誠凛(セーリン)】の拠点で、ま、空の王者だな。」
「唯一って何かすごいギルドやな。でも空の王者って何なん? 」
「そのままだ。空においてあのギルドに叶うやつはいない。大体、空なんかで生活できる拠点を持っているのは誠凛だけだ。」
「何で他のギルドは進出しないん? 」
「進出しないんじゃねえよ。出来ないんだ。沢山のギルドが空飛ぶ船を作ろうとしたが、どれも成功しなかった。誠凛の技術者に誰も勝てなかったわけだ。」
 並ぶことすら出来なかったらしいと笠松は語り、今吉はふうんと相槌を打って空を見上げた。遠くを飛ぶ船はゆっくりと進んでいた。

 広場で高尾や花宮と合流した笠松と今吉は宿屋へと向かった。そこはギルド・狼同盟が経営する宿屋の一つであり、店内に入るとすぐに笠松達に声がかかった。
「やっほー! 笠松と高尾、久しぶり!」
「ああ、葉山か。久しぶり。」
「葉山さん久しぶりですね! どうしてここに? 」
「護衛! 」
 にっこりと笑った葉山小太郎に笠松と高尾の顔が少し緊張した。今吉たちはそれを不思議そうに眺めていたが、すぐに奥から現れた青年に目を見開いた。
 青年、ではなく正しくは少年なのだろう。驚いたのはその美しさだった。男性的でありながら、その姿は美しく艶めいていた。
「久しぶりね、笠松さん、高尾君。」
「実渕お前、何で……。」
「少し野暮用があったの。そっちは花宮真でしょう、久しぶりね。それで、君は? 」
 花宮が何かを言う前に今吉の前に立った実渕玲央に、今吉は瞬きをしてからゆっくりと己の胸に手を寄せた。そこには赤いネックレスがかかっている。
「ワシは深緋の神(スカーレット)様を信仰する神子。深緋の神子(スカーレット・ミスラ)と呼ばれとるわ。よろしゅう頼みます、ギルドマスター。」
 そうして笑って見せた今吉に、実渕は驚いた顔をしてからははと笑った。
「ばれてたのね! 貴方、神子にしては鋭いみたい。それにしても、笠松さん達、詳しい話はしてくれるのかしら? 」
「ここでは人が多い。」
「そう。でも、まあ、やりそうな事は分かるわ。攫ってきたのよね? 」
「その通りだ。」
 笠松さん達らしいと笑った実渕の後ろで葉山が何か質問したそうにウズウズしていたが、実渕は店の奥へと踵を返した。葉山も急いでそれに続く。
「私はいつもの部屋にいるわ。数日滞在する予定だから、何かあったら来て頂戴。」
 じゃあねと実渕は歩き、葉山も続いて店の奥へと消えた。

 部屋は笠松と今吉、高尾と花宮となった。花宮の仲間達はこの宿屋ではなく、他の宿に泊まるらしい。
 四人部屋でも良かったのではと花宮がぼやいたが、四人部屋が空いてないのだからと高尾に丸め込まれていた。花宮はじとりと今吉を見ていたが、今吉がひらひらと手を振ると目を逸らした。
 笠松と今吉が部屋に入ると、今吉はベッドに座って物珍しそうに部屋の中を眺めていた。そんな今吉に笠松は話しかける。
「花宮は随分お前を気にしているんだな。」
 あの蜘蛛の巣のギルマスなのにと。その言葉に今吉は動きを止め、少し考える動作をした。
「そう、みたいやね。やっぱり、村で仲良しやったから、やない? 」
 その言葉に笠松は眉を寄せた。そしてその真っ直ぐな目で今吉を見つめる。今吉は窓の外を見つめていた。
「お前、」
「なに? 」
 振り返った今吉に、笠松は何かを言うのを止めて口を閉じる。そして夕飯まで自由にしてていいと、この宿の中なら安全だからなと告げたのだった。


 夜、宿の中、食堂の脇、奥にある扉。笠松はそこに入った。
 中に入ると通路があり、扉が並んでいる。そのうちの一つに笠松は手をかけた。
 音を立てずに開き、中へと入る。中はごく普通の部屋だった。素朴だが爽やかな朝を感じさせるような、そんなありふれた部屋に彼はいた。くるりと振り返る。
「笠松さん、どうかしたのかしら? 」
 そんな言葉を歌うように告げた、狼同盟ギルドマスター、実渕玲央に笠松は言った。
「神子についての知識が欲しい。」
 その言葉に実渕は目を細める。
「貴方は宗教になんて興味無いのに? 」
「今吉を助ける為だ。」
「助けるだけなら何も知らなくたっていいのに? 」
「そんな事は許されない。」
「それを知る事で、貴方の正義が揺らいだとしても? 」
 実渕のその言葉に笠松の瞳が揺らぐ。実渕はそれを見逃さなかった。畳み掛けるように告げる。
「貴方は騎士団の話を蹴った。そして貴方の正義の為にこの狼同盟に所属している。私には、ギルドメンバーの正義を守る義務がある。」
 ねえ、と実渕は問いかけた。
「貴方は本当に知りたいの? 」

 笠松は黙って頭を下げ、部屋から出た。その間際、実渕へと呟いた。
「秀徳に会おうと思います。」
「そう。」
 実渕の返事を聞くと、笠松は部屋の扉を閉めたのだった。



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