二日目・突破の激痛編


 夕方、俺は物見櫓へと来ていた。目の前で森山と相田が契約する光景を見た事が、思ったより心を急かしていたのだ。星座の力所有者である俺の落ち着ける場所といえば同じく星座の力所有者であり、かつパートナー契約を交わした者の近くとなる。そして、俺は未来に交わすという今吉との契約のことを誰かと話したくて、占いの場にいた高尾達が見張りを引き受けているという物見櫓へと来たのだ。
 物見櫓では高尾と降旗がスキルを使って怪物のサーチを行っていた。あ、笠松さん。降旗と高尾が振り返る。
「よう、どうだ?」
「今の所現れてませんよ!」
「これだけ所有者が集まっているので油断は出来ませんけど……」
 そうかと頷いて二人の近くに立った。施設の他には山と森しか見えないそこは、怪物のことを考えなければ青々とした緑が広がる良い景色だと思った。
 突然未来の契約の事を話題に出すのも良くないだろうと考えていた時、ふと二人の契約について知りたくなった。なので、二人は契約する際に何か起きたのかと問いかけると、二人は一瞬目を合わせて、苦笑した。
「降旗話せる?」
「多分、大丈夫」
 俺から話しますと降旗がサーチを続けながら口を開いた。

「俺と高尾の契約は、というか、俺は自分がサーチ系と分かった時から星座連合からの圧力がひどくて。契約のお見合い話が連合から引っ切り無しに提案されていたんです」
 そんな時に高尾と出会ったのだと。
「目があった時、ああこの人だなって感じたんです。これが本能とか、星の導きってやつなんだと思います」
 分かるんですよと降旗は笑った。
「特に姫の方が分かりやすいみたいです。この人が守るべき人だ、この人が自分の刃となってくれるんだって感じる。姫は基本的に攻撃手段持たないから、本能が強くパートナーを求めるそうです」
 だからもしかしたらと降旗は語った。
「今吉さんは本当は笠松さんがパートナーとなるべき人だと分かってるのかもしれません」
 その言葉にハッとして、だとしたらと言った。
「だとしたら今吉は何で言わないんだ」
 その時、ヒュッと高尾が体を震わせた。そして急いで降旗の姿を確認し、降旗がひらひらと手を振ると安堵した様子でサーチに戻った。その反応に違和感を覚えていると降旗が複雑なんですよと言った。
「クラスの突破はご存知ですよね」
「偶に起きるんだよな」
「条件は?」
「確か、パートナー契約の際や精神に強い負担がかかった時だって聞いた」
 その通りですと降旗は自分の胸に手を当てた。
「俺は、高尾と契約を交わした時にクラス突破が起き、サーチ特化Aクラスとなりました」
「それは」
 そして、これは知られていない話ですがと降旗が胸に当てた手を握りしめる。
「クラス突破が起きると、体に激痛が走ります。その痛みは体内で炎が燃えるようだと例えられ、実際、クラス突破の痛みに耐えられず死ぬケースもあるんです」
 その、初めて聞く情報に頭が追いつかなかった。クラス突破の際に人が死ぬなど、聞いたことも見たこともなかったからだ。そして、それほどの痛みを目の前の降旗が耐えたことにも驚きを隠せなかった。
 降旗は諦めたように笑った。
「クラス突破はそういうものなんです。だから、今吉さんもきっとそれを怖がってる」
「どういうことだ」
 降旗が真っ直ぐに俺の目を見る。その目は普段のどこか不安気な様子が全く無く、首元に刃を突きつけられたような緊張感があった。
「今吉さんが契約を交わした場合、その相手はほぼ確実にクラス突破をすることになるからです」
「……は」
 今吉さんはパートナー契約をすると自身が昇格するだけではなく、そのランクの高さ故に相手を無理矢理クラス突破させることになる、と。
「勿論、そこに今吉さんの意思はありません。意思なんて関係無いんです。そもそもパートナー契約はある程度実力が揃ったものになる筈で、片方がAクラスなら相手はAかB。BクラスならAかBかC。2クラス以上離れることはありません」
 そして、Sクラスは特殊なのだと。
「Sクラスの場合、大抵は二人ともSクラスになります。そして、片方しかSクラスの素養を持たない場合、その片方は必ず契約の際にクラス突破が起きます」
「そういや、赤司と水戸部は昇格してSになったと言ってたな」
「食堂の時ですね。正しくは赤司は『俺は水戸部さんと契約することでSクラスに昇格した』と言っていました。あの言い方からすると恐らく、Sクラスの素養を持っていたのは……」
「水戸部だけだった訳か」
 恐らくですが、と降旗は頷く。そこで高尾が長いため息を吐いた。
 高尾は、あんなの見てられないと呟く。
「自分の唯一無二のパートナーが契約を交わした途端に苦しみだすんです。ホント、あんなのごめんですよ」
「高尾、すっごい焦ってたんだって?」
「当たり前だろ! もう二度とクラス突破なんて見たくない。トラウマってやつ」
 降旗が苦笑し、つまり、とまとめた。
「今吉さんは多分パートナーを苦しませることを躊躇してるんです。昇格によっていくつ跳ね上がるか分かりませんが、既に今吉さんはSクラス所有者。確実に相手を苦しませる」

 その覚悟はありますか。

 降旗が言った。俺は口を閉じる。クラス突破の痛み、想像なんて出来ない。だが、それよりも今まで今吉に言った言葉を思い出していた。
「『いつか、結べるといいな』って言ったんだ」
 降旗と高尾が息を飲む。そう、そうだったのだ。彼奴は彼奴なりに苦しんでいたのではないだろうか。
「酷い事、言っちまったな」
 自分で選び取った訳ではない、目覚めた時から星の導きと本能でSクラス所有者だった今吉。パートナー契約をしたいと望む一方で、契約をしてしまえば相手を苦しみ焼き殺すかもしれない恐怖。それが、どれだけのものか俺には分からない。
「でも俺は」
 どうしてだろう。死ぬかもしれないのに、あんなに酷い事を言ったのに、まだ見ぬ今吉のパートナーが、未来の自分が、羨ましくて仕方がなかった。

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