二日目・禁じられし女王編


 天秤の怪物が消え去った食堂は静まり返っていた。その静寂の中、星座の力所有者である者のうち、黄瀬と高尾が疲れたと言って座り込んだ瞬間、ワッ皆が騒ぎだした。
 ある者は星座の力所有者の元へ向かい、ある者は無事を確かめ合い、ある者は今吉が発動した能力について話した。俺は隣に立つ今吉がぎゅっと己の手を握りしめているのを見て、傷つくぞと言った。すると今吉は手を開き、へらりと笑う。
 がしゃん、騒ぎを聞きつけた他の学校の生徒たちが扉が開いて食堂へと入ってくる。しばらく無事を確認し合っていると、赤司が水戸部を引き連れた状態で皆に静かになるよう指示した。
「こちらで調べた事を話そう」
 皆に話しておくべきだろうと言われたからなと苦笑する赤司の後ろで、水戸部がこくりと頷く。その近くで小金井と実渕も頷いている辺り、四人で相談したことらしい。そして今吉は、バレてもうたなあと笑っていた。
「今吉さん、貴方はSクラス所持者ですね」
「ああ、そうやな」
 今吉があっさりと頷くとそんなまさかと降旗が青ざめる。俺も驚いたが、先ほどの能力を間近で見たからか、そこまで驚かなかった。

 通常、パートナー契約をしていない星座の力所有者は、とてもじゃないが怪物と渡り合えない。それはクラスにも表され、パートナー契約をしていない能力者はクラスすら与えられない。そしてパートナー契約をすることで初めてその能力に応じたクラスが付けられる。そういうものだ。そういうものなのに、今吉は未契約者でありながらSクラス能力者として登録されているというのだ。
「そして、貴方は強すぎる能力を持つ故に、星座連合からパートナー契約を禁じられている」
 浅く頷いた今吉に、俺は驚く。パートナー契約を禁じられるなど聞いたことがなかったからだ。
「貴方は"禁秘の女王型"。それがSクラス能力者として与えられた型名ですね」
「そんな大層な名前は似合わんけどなあ」
 Sランク能力者には、型名と呼ばれる分類に専用の特殊な名前が与えられる。赤司はそう説明し、自分がその例であると語った。
「俺は水戸部さんと契約することでSクラスに昇格した、中距離系Sクラス"槍の王型"。水戸部さんは浄化系Sクラス"十字架の女王型"です」
 そこで赤司がちらりと水戸部を見ると、彼は微笑みながら頷いた。そこには確かな信頼関係が垣間見え、良きパートナーなのだなと理解できた。

「けど、どうしてパートナー契約が禁じられてるの」
 森山が小堀の隣で不思議そうに言うと、赤司が苦々しい顔で答えた。
「もし、今吉さんが契約を行った場合。クラスがSから跳ね上がることになる。そうなった場合、星座連合が管理しきれないかもしれない、ということです」
「え、何それ」
 森山がぽかんと口を開く。相田や俺といった未契約者や、契約済の能力者は揃って顔を顰めた。
 星座の力所有者は、一般人を守るため、そして怪物を殲滅するために星座連合に管理されている。普段、管理されていると自覚するようなことはされないが、健康診断の結果の提出、能力の詳細やパートナー契約の報告、さらには星座連合に所属するサーチ系能力者による監視も行われているという。つまり、未契約者の能力者は戦士の見習いであり、契約を行った能力者は人類を守る戦士なのだ。その事実は、実際に能力者でない限り知らされることが無い。だからだろう、その場は騒然となった。能力を持たない生徒たちはそんなのは無い、酷すぎる、自由も人権は無いのかとまくし立てる。しかし仕方ないのだと俺たち能力者は諦めている。俺たちがどう扱われようが、全人類が感じている怪物への恐怖に比べたらどうってことは無いのだから。
 その中で、あのなあと今吉が言った。冷静なその声は、するりと皆の耳に届いたのだろう。食堂はしんと静まり返った。
「ワシは確かに契約を禁じられとる。能力者は管理されている。でもなあ、それを嘆いてたってどうしようもない。嘆いたって怪物の脅威は無くならない。ワシらが出来ることはただ一つ。一体でも多くの怪物を狩ることや」
「それは矛盾している。そうだというのなら、貴方はたとえ禁じられようがパートナー契約を結ぶべきでしょう」
 赤司の言葉に、その通りと今吉はわははと笑った。
「その通り! でも、残念ながらワシは現在パートナー契約を結べてない。パートナーが見つからなくてなあ」
 やからしゃあないと眉を下げて肩を竦めてみせる。その様子に、赤司は成る程と笑む。
「パートナー契約は運命の導き。本能の定めるもの。自分が結びたいからと結べるものではない」
「その通りや。やから、そうやなあ。今ここで言うたらアカンから言わんけど、ワシは契約を結びたくない訳や無いってことや」
 ややこしくてすまんなと今吉は笑み、赤司は構いませんよと笑みを返す。それ見て水戸部はおろおろと慌て、小金井と実渕は苦笑していた。そして俺は、密かにホッと息を吐いた。それは勿論、緑間の未来視を意識しているからだ。

 俺はいつか今吉と契約を結ぶのかもしれない。だというのなら、俺は禁忌を破ってまで彼と結ばれることを願うのだろう。それは決して許されない筈なのに、どうしてだろうか。ワクワクとした冒険心のようなものがくすぐられて仕方なかった。
「なあ、」
「ん?」
 どうしたん、今吉が振り返る。その笑顔が優しいものに見えて、俺はうっかり契約のことを口にしそうになったが、ぐっと堪えてこう言った。
「いつか、結べると良いな」
 その言葉に今吉は少しだけ目を開き、また目を細めて、そうやなと呟いたのだった。

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