花今/花宮くんと今吉くんの恋愛事情
!中学生!


 ひとつまたひとつと、刻一刻と過ぎてゆく日々に、愛情が混じり出したのはいつからか。
 図書室の机の一角で、今吉さんの手がカリカリと字を刻む。指先は男にしては綺麗だろう。決して女のような華奢な手ではない。
指先から辿るように手の甲、腕、首筋、そして唇を見た。薄い唇はゆるく弧を描いていた。笑顔はこの人の分厚い仮面だ。
そこまで見て、今吉さんがこちらを見た。
「どうしたん?」
「…いえ」
 別に何でもありません、と。すると今吉さんはニンマリと笑みを濃くする。
「見惚れとったん?」
「そんなわけないでしょう」
 今吉さんはふうんと言うと勉強道具を片付け始めた。図書室にはもう俺たちとやる気のない図書委員しかいなかった。帰るで、と席を立つ今吉さんに続いて俺も立ち上がる。しかしふと気がつく、俺は何を当然のように一緒に帰ろうとしているのか。俺と今吉さんはただの先輩後輩だ。そういえば部活でもいつも今吉さんと共に帰っていた。
「どうしたん」
「…いえ」
「不満なんか」
 今吉さんはこちらを見ない。真っ直ぐに前を向いて、重そうな鞄を持っていた。
「不満は、ありません」
「ならええやん」
 その優しい声に、これは甘えなのだろうか、なんて思う。俺は今吉さんに甘えているのだろうか。何も言わない今吉さんに。気持ちに気がついている今吉さんに。

 俺は今吉さんが好きだ。これは憧れや同情や仲間意識だった筈だった。いつの間にか恋になっていた。
 今吉さんはそんな俺の気持ちに気がついているだろう。サトリだからというのを理由としているが、それ以上に俺にハッキリ気がつかせたのが今吉さんだからだ。
『ほんまに花宮はワシのことが好きやなー』
 今吉さんはそう言って笑っていた。それはもう1年も前のことだ。その時に俺は分かったのだ。俺は今吉さんが好きなんだ、と。淡かったそれが確固としたものとなった瞬間だった。

「ハラ減ったわーコンビニ寄らん?」
「いいんじゃないですか」
「ほな肉まん買ったるわー」
 ニコニコ。べったりとした笑顔。分厚い仮面。好きだから、剥がしたい。
 そこからは衝動だった。マフラーを掴んで強く引き寄せる。ぐえっと声が漏れたのを気にせずに唇に唇を合わせた。近くにある目が見開かれていた。
 唇と手を離すと、腹を殴られる。
「いっ」
「マフラー引っ張んなや!」
 そこなんですか、と言おうとすると今吉さんがすぐに口を開く。
「いきなりするとは思わんかったわ。」
「そうですか。」
「もっと場所選ぶやつかと思っとった。」
「はあ。」
 今吉さんを見ると耳が染まっていた。
「先に言うことあるやろ。」
「あ、はい。」
「言うたら。」
 はよ、と今吉さんが目を開いて俺を見る。その普段は見えない瞳に心拍数が上がりそうだった。
「すきです。」
「ん。」
「あなたを愛しています。」
 今吉さんはその言葉を聞くとにこりと笑んだ。耳は相変わらず染まっていて。
「ワシも愛してるで」
 たまらなく愛おしく見えた。



花宮くんと今吉くんの恋愛事情
(ほないこかー)
(そうですね)

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