05.たまには強引に手を引く/黛→今/家庭教師の黛さんと王子の今吉さん


 正直に言おう。城の一室で黛は言った。
「俺には荷が重い」
「それ何度目なん先生」
 今吉の家庭教師の一人である黛は長く深いため息を吐いた。
「翔一様は俺よりずっと頭が良いだろうが」
「わあ、ワシを雇い主の息子やと思ってないような口調が流石やで先生」
「敬称つけているだけ喜べ」
「先生相変わらず表情筋働いとらんなー」
「というか同年代の男を家庭教師に付けるってどういうことだよ」
「それワシと顔合わせた時から言うとるね」
 全く、と黛は手に持っていた本を閉じた。今吉はそれを見てにこりと笑む。
「先生に求めとるのは"勉強を教えてもらうこと"やなくて、"共に学べる学友"ってことや」
「いつ俺は目をつけられたんだ」
「そら、ワシが見つけたに決まっとるやん」
 なあ先生と今吉が笑えば、黛はまたため息を吐いた。
「酷い王子だな」
「ひっど! ワシこれでも国民からのウケが良い方なんやで!」
「まあ悪くはないな」
 素直じゃないなあと今吉は言い、それよりもと黛が持っていた本をするりと取って机に置き、開いた。
「このページの、ここってどう思うん?」
「道徳の話か」
「この時子どもを殺すことに反対の声が上がっとるやろ? でも子どもは悪魔だって皆知っとるんやから、反対なんてせえへんのとちゃうの?」
「ああ、そこか。詳しく書かれてはないが、恐らく反対したのは両親だろうな」
 黛はそう言って今吉が指差していた数行に目を通す。そして自分の発言に間違いはないと頷いた。
「親はどんな子どもでも血を分けた子どもだと思うと非情になりきれない、と一般的に言われてるな」
「その判断が間違いでも、ってことなん?」
「多分な」
 多分ってと今吉が笑うと、分かりやすい例があるだろうと黛は言った。
「お前の母親は最期まで子ども達のことを気にしたそうじゃないか」
「ん? これそういう話やったか?」
 少し違うかもしれないが、と黛は続ける。
「命が終わろうとしている。そんな時に心配するのが、自分のことではなく、子どものこと。それは自己犠牲の精神だろう」
「自己犠牲って、この本はそういう話なん?」
 そうも取れるんだと黛は本をそっと撫で、置かれたままだった今吉の手に触れた。
「この本の中で、反対することで自分が殺されるかもしれないというのに、両親は反対だと声を上げたのだから」
 自然と黛の目を見つめていた今吉は、そうなんかと目をそらす。黛はそれらを気にする様子はなく、淡々と告げた。
「だが、解釈の一つだからな。物語の解釈は人それぞれだ」
 だからそう気に病むなと相変わらず淡々とした声と顔で告げられ、今吉はフォローがへやくそやなと苦笑した。

「けど、先生はよくお母様のことを知っとるな」
「王室使えになるとなったからには情報ぐらい仕入れる」
「ははっそらそうか!」
 今吉は明るく笑い、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。じゃあ先生次の本は何にするん、 と。その様子を見た黛はふむと何か考える素振りをしてから、そっと重なったままだった手を握った。
「少し休憩するか」
「え、あ、ちょっ先生?!」
 そのまま強く手を引かれて部屋を出た黛に、こんな調子では先生が罰せられてしまうでと今吉は言う。しかし黛は、使用人達は俺がいつもこうだと知ってるだろうと話を聞かない。そのまま廊下を進む黛に、やがて仕方ないなと今吉はため息を吐いた。
「ほんなら、先生はワシをどこに連れてってくれるん?」
「図書室だ。あそこは静かで、人も少ないからな」
 その言葉に、ちっとも休憩にならないやないかと今吉は声を上げて笑ったのだった。

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