03.今だけは対等で/森→今/庭師の森山さんと、王子様の今吉さん


 城の庭は今日も美しく保たれている。
 ワシは庭の中を歩き回り、いつものように人目を避けられる場所を探していた。大きなトピアリーの影はこの間休憩したばかりだし、バラの隙間は棘が刺さるとメイド達が騒いでしまう。
 考えながら行き着いた先は少し寂れたガーデンテーブルとチェアのある場所だった。庭の隅、おそらく庭師が休憩しているのであろうその場所にするりと入り込んで、ガーデンチェアに座る。今日は曇り空だが、雨は降りそうにない。改めて空を眺めて確認してから、そっと本を開く。王室抱えの賢者が書いたという論文は読んでいて楽しい。知恵を引っ張り出して、あれのことだこれのことだ、この考えには頷ける。そう考えながら読むのがとても楽しかった。

 本が三分の一ほど進んだ時、あれっと声がして振り返ると、馴染みの庭師がエプロン姿で立っていた。
「翔一様なにしてるんですか?!」
「森山やー、おはようさん」
「おはようございます!」
 で、何してるんですかと本を覗き込んだ森山はその切れ長の目で眺めてから、また難しそうなのを読んでいるとぼやいた。
「もっと楽しい冒険物でも読めばいいのに」
「そこは恋物語や無いんやね」
「え、ちょ、何で知ってるの?!」
 きみが恋物語を図書室でこっそり借りているのを見たと言えば、誰も見ていないと思ったのにと顔を覆ってしまった。
「かみなどいない……」
「ふふ、ならそれを弱味として使ってええ?」
「な、何ですか?!」
 驚いてから、怯えたような目をする彼に、ワシは簡単なことだと笑った。
「今だけは普通に接してくれへん? きみが持ってきた菓子をつまみながらお喋りしようや」
「え、え?」
 それでいいんですかと目を丸くする森山に、それでええのとワシは笑みを浮かべた。
「きみとは顔馴染みなのに、いつまでも他人律儀で、それなのに驚いたりするとすぐに素が出る。おもろいなあって」
「え、えっと?」
「普段通りのきみはもっとおもろいやろうなあって」
「うわー期待されてるー」
 そんなに面白い人間じゃないですよと森山が言うから、普段通りでええよと念を押す。すると観念したように、わかったよと森山は息を吐いた。
「あーもう。ばれたら俺ここで働けなくなるのに」
「ワシが直々に雇ってもええんやで?」
「そういう職権濫用良くないと思う」
「でもきみの仕事はちゃんとしとるし、誰も反対せんと思うけど」
「翔一とこんな風に話してたら首が飛ぶ。間違いない」
「そこまで言うんか」
 だって翔一はこの城で一番偉い人だからと森山が言うから、この城ではなとワシは念を押して森山が持ってきたパウンドケーキを食べた。フルーツとナッツが入ったそれは寝かせたりシロップを染み込ませたりしていないのだろう、香ばしい香りがして、出来立ても美味しいものだなと感心した。
「美味しい?」
「ん、美味い」
「そっか、それは良かった」
 俺が作ったんだよと笑った森山に、ワシはパウンドケーキと森山を二度見する。
「意外な特技があるんやな」
「これぐらいなら少し勉強すれば作れるよ。少し失敗したぐらいだしね」
「失敗、もしかしてナッツが少し沈んどるところ?」
「そうそう。粉を振り忘れちゃってさ」
 でも美味しいやと森山は微笑みながらパウンドケーキを一切れ食べる。ワシは、菓子作りはさっぱり分からないと思いながら、またケーキを口に運ぶ。やはり、美味しかった。
「んー作りたてやから美味しいんやろか」
「あ、そっか。翔一は出来立てを食べれないもんね」
「冷やしたり、ぬるくなったものしか出してくれへん」
「火傷が怖いんだろうね」
「あと毒味とかな」
「嗚呼、なるほど」
 これはまた見つかったら首が飛ぶ案件だなあと森山はぼやいた。なら見つからなければええやんとワシは言って、手に持っていたパウンドケーキを口に放り込んだ。

 その様子を森山は眩しいものでも見るように目を細めて見ていて、何と言えば、照れ臭そうに頬を掻いた。
「なんか、仕事もお菓子も褒めてもらえるなんて嬉しいなって」
「そうなん?」
「メイドさんとか、騎士さんとかたまに褒めてくれるけどね。でもね、やっぱり翔一から褒めてもらえると違うなあって」
 ワシはその言葉に首を傾げる。それは最初に言っていた、この城で一番偉い人、だからなのだろうか。
 少し考え込んでいると、森山はパウンドケーキをまた口に運ぼうとして、そうだと手を止めた。
「ここには俺以外滅多に人が来ないし、たまにここに来て休んだら良いよ!」
 騎士さんやメイドさんには黙っておくからさと楽しそうに笑う森山に、それは願っても無い提案だとワシは嬉しくなった。
「ほんならたまにここに来させてもらうわ」
「良かった! 俺は休憩時間しかここに来れないけど、毎日お菓子を持ってくるようにするね!」
 その提案に流石にそれは負担ではないかと驚けば、森山は全然と明るく言った。
「翔一に喜んでもらえるなら全く負担じゃないよ。むしろ楽しみなくらい」
 それならとワシは頷いた。
「これからよろしゅうな」
 勿論と森山は胸を張ったのだった。

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