月今/スリープスリープ/間取りを深く考えてなかった


 バスケ部でポジションが同じ、なぐらいが俺と今吉さんの繋がりだった。
 それがどうしてか、俺から見た今吉さんのカテゴリが他校の先輩から友人に、そして恋人となっていた。何故なのか、今でも分からない。
「どうしたん伊月クン」
「…いえ」
「なんでやろなあって思っとるん?」
 くすくすと今吉さんは笑う。何か含んでいるようでいないような掴めない笑い方に、俺はいっそ尊敬した。尊敬はするけど憧れはしない。そんな日本語のニュアンスだ。つまり俺は別にサトリになりたいわけじゃない。
「なあ伊月クンってよう考えとるね」
「まあ、一応」
「伊達にPGやっとるわけやないんやな、知っとったけど」
「はあ」
 今吉さんは上機嫌でソファの肘掛を撫でる。その行動には見覚えがある。横になりたいのだろう。それが分かるとうっすらと眠そうに見えた。なるほど、眠いから少し変なのか。いつも俺の予想出来ないことをする人だけど。
「なんや、失礼なこと思っとらん?」
「いえ、先輩はいつも予想外だなと」
「ふうん。まあええわ。」
 なあ伊月クン。そう今吉さんの色の薄い唇が動く。かさついていないのはこの間あげたリップクリームを使っているからだろうか。そうだと、いいのに。もし他の人があげたリップクリームをつけているのだとしたら、黒くてドロドロとした気持ちが湧き上がってきそうだ。
「一緒に昼寝しようや」
「嫌です」
「えー」
「嫌です」
 俺の固い意思が分かると今吉さんはしゃあないなあと引き下がった。
 俺と今吉さんの身長差は6cm。俺の方が低い。たいして変わらないんじゃないかとか思ってはならない。俺の方が低い、つまり今吉さんは俺を抱き枕にするのだ。前に一緒に昼寝をしたら今吉さんにぎゅっと抱き枕にされた屈辱を俺はしっかりと覚えている。そりゃもうダジャレのことをすっかり忘れるほど悔しかったのだ。俺は今吉さんを抱き枕にしたいのだ。確かに今吉さんに抱きしめてもらうのは嬉しいが、それとこれとは別である。男としてなんか負けた気分になるのだ。まあどちらも男なわけだが。
「…難しい顔してるで」
「はい」
「抱き枕にせんよ?」
 今吉さんの言葉に少しだけぐらつく。思考を読んでることなど放っておく。それに俺は抱き枕が嫌なだけで今吉さんと昼寝するのはとても魅力的だと思うのだ。
「信じられへん?」
「…」
「ワシ、伊月クンには滅多に嘘吐かんで?」
「ゼロとは言わないんですね」
「当たり前やん。人間は嘘つきなんやでー」
 今吉さんはそう言うと、近くにあった毛布を引っ張り寄せ、ソファに座り直して隣をぽんぽんと叩く。隣に座れということだ。
「座りながら寝るんですか」
「ええやん」
「体痛くなりますよ。ベッドにしません?」
「伊月クンのベッドはシングルやろ。無理や」
「…俺が今吉さんを抱きしめれば問題ありません」
 俺がそう言うと、今吉さんは小さく吹き出した。そしてけらけらと笑う。俺は自然と機嫌が落ちてゆく。
「あー、すまんなあ伊月クン。そんなにワシを抱きしめたいとは思わんくて」
「そりゃ抱きしめたいですよ」
「…清々しいほどにいさぎええな」
「どこぞのデルモみたいにヘタレじゃないんで」
「いやヘタレか知らんで?えっヘタレなん?確かに本命にはヘタレなやつなんちゃうかなーとは思っとったけどな」
「いや俺はデルモに詳しくないですよ」
「…まあええわ。」
 今吉さんはため息を吐いてそう言うとぱたぱたとリビングに隣接した俺の部屋に入り、メガネをテーブルに置くとベッドに横になった。そしてさっきのように傍らをぽんぽんと叩く。俺は素直にそこに座って、横になる。今吉さんの顔が近くて嬉しくなりながらそっと今吉さんの体を抱きしめた。
「ほな、おやすみ伊月クン」
「おやすみなさい、今吉さん」
 メガネの無い今吉さんが俺の胸に額を擦り寄せてくれて、俺は愛しさに胸がいっぱいになりながら、今吉さんの髪を一度だけ撫でたのだった。



スリープスリープ
(おやすみなさい)
(良い夢を)

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