二日目・女王の庭/30000hitありがとうございました!


 朝、目覚めるとすぐに朝の支度をした。その間に続々と皆が起きてきて、全員が支度を終えると本館の食堂へと向かった。道中、考えるのは今吉のことで、ぼーっとしてどうしたのかと森山達に不審がられてしまった。でも、ようやくパートナーが決まるかもしれないのだから、しょうがないのだと思う。森山達には何でもないと告げたが。

 食堂には桐皇と秀徳、そして緑間のパートナーである劉が居た。よく見れば高尾や、小金井、水戸部が居らず、どうやら各々パートナーの所へ行っているようだ。俺たちは黄瀬が諏佐に駆け寄るままに桐皇の近くのテーブルへと着いた。食事を貰いに席を立ったり、朝の挨拶などをする。ふと、今吉を見れば、彼はすぐに気がついてひらひらと手を振った。周囲を見ると、学校単位で固まってるとはいえ、その境界線は緩いようで、話の合う面子で座っているようだった。ならば構わないだろうと、俺は今吉の隣に座った。なお、元々そこには諏佐がいたが、黄瀬の元へと移動していた。
 座ると、おはようさんと改めて挨拶された。おはようと返事をし、温かなスープを口に運んだ。ミネストローネというやつらしい。今吉はその白い手でパンをちぎりながら、そういえばと言った。
「諏佐と黄瀬が上手くパートナーをやっとるみたいで良かったわ」
「ああ、そうだな」
「あんまり言いふらすことやないけど、諏佐ってな、献身的らしくて。モデルの黄瀬が怪我したらアカンからってめっちゃ頑張ってたんやで」
 補助は姫の仕事だからって、と今吉はパンを口に含んだ。黄瀬から伝えられていたとはいえ、改めてその事実を聞くと彼らを思って少し胸が痛んだ。
 星座の力とはこの上なく理不尽で、有ったら命を狙われるのに、有ったら戦う術があるのに、きっとこの世界から星座の力さえなくなれば、もしかしたら怪物が誰も襲わなくなるのかもしれない可能性を示している。どうして星座の力なんてものがあるのか何て誰にも分からないが、星座の力を持つ未契約者の俺にとっては呪いのようにしか思えなかった。
 ぐるぐると考えていると、今吉がゆっくりと口を開いた。
「それでも、諏佐は黄瀬のパートナーを辞めたいなんて言わないんやで」
 まるで思考を読まれたようで、驚いて顔を上げれば今吉は黙々と食事をしていた。こちらを見ることなく、誰を見ることもなく。ただ、彼らしくないほどに静かに食事をしていた。
「あいつには俺が居ないといけないし、俺にはあいつが居ないといけない。そんな、唯一無二の存在だからって、な」
 伏せられた目が見たくてそっと手を伸ばす、伸ばす、伸ばして、ハッとした。
 気配がした。

 すぐに緑間と黄瀬が立ち上がり、諏佐と劉が続く。劉の手にタロットカードが現れ、食堂の四隅に配置された。瞬間、ぶわりとその怪物が現れた。どうやら劉のタロットカードは怪物を可視化するための物だったようだ。犬の顔にライオンの体をした怪物は鋭い爪を以って一番近くに走り寄った黄瀬に攻撃を仕掛けた。しかし黄瀬は事前に素早さの強化をしていたらしく、難なく避けて見せた。諏佐がメイスで床を叩き、昨日と同じ結界を一般人と未契約者の為に張る。ヒュンッと音がして怪物の背中に若草色の矢が刺さる。どろどろと青い血を流して叫ぶ怪物に、渋とい奴めと緑間が舌打ちをした。その手には若草色の弓と矢があり、どうやらそれが緑間の武器らしかった。
「緑間っちの戦闘力は幾つッスか? 」
「遠距離特化、Cクラスなのだよ」
「えっと、俺が近距離特化、Bクラスだから……俺がメインで叩き込むッス! 」
 隣に座っていた今吉が、ふむと頷いた。
「緑間君はCクラスなんか、意外やな」
「多分補助能力もあるからじゃないか」
「あ、そういやそうやったな」
 星座の力において、王子の持つ戦闘力にはカテゴリーとクラスが付けられている。カテゴリーは近距離系、中距離系、遠距離系。各カテゴリにそれぞれ特化系もあるので計6種類。また姫の持つ戦闘力にもカテゴリーがあるが、そちらはあまりにも数があるので割愛する。また、どちらにもあるクラスは能力のランク付けであり、A〜Eがある。また最高位にSクラスがあるが、理論上は強い方からS3、S2、S1とSクラス内で分けられると聞く。そしてSクラス能力者は王または女王の異名を与えられるらしい。
「劉! 」
 緑間が叫ぶと劉が手に残っていたカードのうちの一つを地面に投げつける。大アルカナ、星のカードだった。途端に黄瀬と諏佐、緑間に青白い光が舞う。
「ランダム付与アル」
「お前、ランダムとはいえ一度に複数のバフを付与できるのか」
 諏佐の驚いた声に、劉は対象を選べないことと、ランダムであることは大きいと悔しそうにした。しかし緑間と黄瀬は使えるバフだったらしく、より動きが良くなっていた。
 緑間が矢を放ち、怪物の動きを悪くする。一方で黄瀬が居合の構えをして目を閉じた。そして目を開くと一気に透明な刀を抜いた。衝撃波のようなものが怪物を引き裂き、奇妙な叫び声と共に消えていく。さらさらと消えていくそれが完全に消滅したのを確認すると、劉はカードを回収し、諏佐は結界を解いた。
 すぐに四人に皆が駆け寄る。俺も黄瀬に駆け寄ろうとして、今吉が動かないことに気がついた。
「今吉? 」
 どうしたんだ、と続いて問いかけようとして彼は呟いた。

「まだ、いる」

 瞬間、緑間が叫んだ。
「皆、伏せるのだよ! 」
 全員が伏せるとその上を何かが切り裂いた。窓ガラスが割れ、柱に傷がつく。見上げても何も居らず、劉が素早く怪物可視化のカードをセットした。そして朧げながら現れたのは大きな天秤。古ぼけた骨董品のようなそれに、空中から現れた小石がコンと音を立てて左側の皿に乗った。当然、天秤は傾いた。すると再び衝撃波が辺りを埋め尽くす。諏佐が素早く張った結界によって俺たちは一命を取り留めたが、もう僅かでも遅ければ皆の命は無かっただろう。
 ダダッと音がして高尾と降旗が飛び込んでくる。降旗の手には蔓草の紋様が浮き上がっており、その手を天秤に向けると叫んだ。
「怪物クラスS1! 現在ここに居る能力者では太刀打ちできません! 増援を呼ぶか、戦闘回避を!」
「降旗君ってサーチ系能力者だったんスか?! 」
「そんなこと言ってる場合じゃないっしょ! 真ちゃん戦闘力低いから増援呼んで! 霧崎だと嬉しいかな!!」
「しかし劉が動けないのだよ!」
「アー! そうだったー!!」
 高尾がオーバーリアクションを取りながらも空中から現れた拳銃で天秤を攻撃する。傷がつかないと分かると銃を変え、また発砲した。
「つか俺って遠距離系、Bクラスなんですよねええ、無理!」
「だから戦闘回避だって言ってるのに!」
「奥の手使う?」
「すごく嫌な予感がするけどどうぞ」
「俺にヘイト集めて逃走する」
「死ぬ気なの?!」
 明るく物騒な話をする高尾と降旗を横目に諏佐は黄瀬と黄瀬の刀にバフを付与していた。緑間は天秤へと攻撃して動きを最小限に抑えつつ、劉とアイコンタクトを重ねている。それらを固唾を飲んで見守っていると、ふと隣の今吉が胸元をぎゅっと抑えていることに気がついた。何をしているのか、問いかけると今吉は揺れる瞳で俺を見た。
「笠松、頼みがあるんやけど」
 そして震える手を差し出され、戸惑うと彼は続けた。
「一度、握ってくれん? 」
「どうした。怖いのか」
 うん、怖いと今吉は震える声で告げた。だから俺は彼の手を強く握り、言った。
「大丈夫だ。絶対、死なねえよ」
 だから安心しろと言えば、くしゃりと彼は笑った。
「ありがとさん」
 そして今吉が手を優しく振りほどき、歩き始めた。

 とん、とん。ゆっくりと彼が歩く。皆の注目が徐々に集まる。諏佐が戸惑うように今吉の名を呼ぶ。俺もまた呼べば、今吉は少しだけ振り返って微笑んだ。前を向き、とうとう結界の外へと踏み出した。何してるんだと叫び声が上がる。今吉は腕を伸ばし、手のひらを天秤へと向けた。
「フィールド番号:514、対象:リーブラ、現フィールドサーチ、クリーンアップ完了」
 すらすらと今吉の述べる言葉が、何故がよく聞こえた。機械的な声、とても澄んだ声。でも、皆には聞こえていないようだった。
「【女王の庭】発動」
 瞬間、辺りが光に包まれた。皆が目を閉じる中、俺は今吉へと歩み寄る。強い光が収束した時、俺は今吉の隣に立っていた。彼が驚いた目をしている。してやったりだと思った。そして今吉の頭に小さなティアラがあるのを見て、似合わねえなと笑うと、彼は苦笑してそりゃそうだと肩を竦めた。
 怪物は錆び付いたように動きを止めていた。降旗が驚愕の顔をしている。高尾は何とか怪物へと銃を打ち込み、黄瀬と緑間も動いた。緑間の矢が怪物の中央に刺さる。黄瀬の刀もまた、怪物を切り裂いた。ボロボロと崩れていく天秤を、俺と今吉はしっかりと見つめていたのだった。

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