思いきり笑いたいよ/宮→←今/3年組が仲良し設定/えがおのはなし
タイトルはシュガーロマンス様からお借りしました。



 笑えばいいのに。そんな事を誰かに言われた。
 今吉も俺も、あまり笑う方ではない。そりゃ、愛想笑いとか微笑みとか、そういう取り繕って着飾った笑顔は浮かべるけれど、心の底から笑うとかはあまりなかった。それに対して特に不満なんてなかったし、いつもの面子だって特に気にしてなかっただろう。笑わなくたって俺は俺だし、今吉は今吉だ。
 だけどいつからだろう。今吉が笑わない事が気に食わなくなったのは。

 待ち合わせは三十分後。いつもの面子で集まれる奴が集まるという、イベントもない至って普通の休日。俺はさっきたまたま会った今吉と並んで待ち合わせ場所へと向かっていた。
 今吉はぽつぽつと口を開いて、俺と会話をする。話題は趣味のことから学業についてまで様々だ。そんな当たり障りのない会話の最中、今吉はずっと温和な笑みを浮かべていた。その笑顔が、とびきり作り物くさく見えて、俺は気がつかないうちにじわじわと眉を寄せてしまっていた。
 宮地、どうしたん。そんな風に今吉が声をかけてくる。相変わらずの観察眼だと感心しながらも、何でもないとぶっきらぼうに返す。俺の反応に今吉は瞬きをひとつしてから、ふうんと前を向いた。それが少し寂しいような気がしたのは気のせいだろうか。
「変なの」
 どきりとして思わず立ち止まる。言葉を発した今吉は、アッと皆を見つけて足を速めた。俺も一歩遅れて皆の元へと足を向ける。
(サトられたかと思った)
 むしろ自分が呟いてしまったかと思ったと、俺は息を吐いた。別に悪いことなんて一つも無いのだけれど。

 そんなことがあった次の日。俺はふらふらと街の中を歩いていた。服を少し買って、後は帰るだけという時に見知った顔を見かけたからと足を止めた。
 それは今吉で、声をかけようとして口を開いたところで、俺は呼吸を忘れたみたいに立ち竦んだ。
 あの今吉が笑っていたのだ。

 頭がカッと沸騰した。そんなのは許さないと、理性ではない何かが判断を下した。まだ、今吉は誰かに笑いかけている。呼吸が苦しいくらいに、胸を縄で締め付けられたようだった。
 早足で今吉の元に向かい、肩を掴む。驚いて振り返った彼は目を見開いていて、震えた相手が逃げるように去っていく。よく見ればその相手は桐皇の制服を着ていたから、クラスメイトか何かなのだったのだろう。しかしこの時の俺は頭に血が上っていたのだ。
「どうしたん? 」
 宮地って今吉の唇が動く。不安そうな顔に笑みは無くて、俺は胸が苦しいぐらいの不満を感じた。
「笑え」
 俺の前で笑えと繰り返せば、今吉は目を見開いて、口も半開きにして、唖然と固まった。でもそんなのは許されないのだ。
「愛想笑いなんていらねえ」
 肩から手を離して、両頬を掴む。顔を包んでいると、今吉がへらりと笑った。それは今までと同じ作り笑いで、やっぱり笑わないのかと苛立った。
「あんなあ、そんなこと言うと勘違いしてまうで?」
「勘違いって何だよ」
「ええの、宮地はなあんも気にせんでええよ」
 そう言ってまた作り物の笑みを浮かべるから、意味がわからない上に目的も果たせなくて眉をひそめる。ハハと笑い声が響いた。
「こっわい顔」
 そう言うと今吉は手の中からするりと抜けだして、数歩進んで振り返る。空いた距離は心の距離なのだろうか、何て考えた。

 けれど、振り返った今吉はふわりと笑った。今までに見たことがないような、柔らかで脆くて儚いような微笑み。それを見た俺はきっと間抜けな顔をしていたことだろう。
「しんでまうわ」
 囁くように発せられた言葉がかすかに聞こえて、しばらく唖然としてしまった。
 でも気がついた時には何言ってんだ刺すぞって言葉が口から零れ落ちていた。だからだろうか、今吉は見慣れた表情で満足そうに笑い始めたのだった。

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