傷痕に口付けを/諏佐/夜の中で怖がる今吉さんに触れる諏佐さんの話


 ひどく冷たい肌をしていた。
 流石に夜が冷えるようになった頃に俺は今吉を見つけた。寮の中、窓辺。うまく隙間を見つけて一人でいた今吉に声をかけて近寄れば、彼は俯いていた顔を上げてぼんやりとした目で俺を見た。すさあと間延びした声で言い、眠いのだとあくびをする。それなら部屋に戻れと言ったが、ここがいいと頭を振った。仕方ないと俺はその隣に座り、だらりと放り出されていた手を握る。一瞬だけぴくりと反応したが、手をそのままに今吉は二度目のあくびをした。
「明日出かける予定だろ。早く寝てくれ。」
「んん。寝るなら部屋戻るわ。」
「じゃあ部屋に送る。」
「いや、まだここがええ。」
 そうして肌寒い窓辺から動かないものだから、俺はため息を吐いて携帯を取り出した。LINEを開いていつもの面子にヘルプを頼めばすぐに反応するのが二、三人。ぴこぴこと相談し、方向性が決まったのでお礼を言って携帯を閉じた。
 うつらうつらしている今吉と繋いだままの手に力を込めれば、彼は眉をひそめて目を開いた。部屋に行くぞと言えばいやいやと駄々をこねるので体に腕を回してガッと持ち上げた。ふらつくがまあ運ぶのに問題無いと抱き上げたまま歩き出そうとすればしばらく放心していた今吉が意識を取り戻した。
「すさ?!おい、諏佐なにしとるん?!」
「お姫様抱っこじゃないことを感謝してくれ。」
「そうやないわボケ!!降ろし!歩くわ!」
「そうは問屋がおろさない。」
 歩き続けていると今吉は諦めたように息を吐いて、大人しく俺の首に腕を絡めた。転んだら明日の昼飯奢れなんて言うので、転ぶ予定は無いと返事をしてふらつく足に力を込めたのだった。

 うまく扉を開いて部屋の中に入るとベッドにまっすぐ向かい、今吉をなるべくゆっくりとそこに降ろす。するとやっと今吉は体の力を抜いた。俺はベッドの上に横たわる今吉の髪を解くように撫でる。
「辛いなら俺たちの近くに居てくれ。」
 素直に言えば、今吉はぼんやりとした目で言葉になっていない呻き声を出した。それから、ぼそぼそと分かってはいるのだと言う。
「諏佐とか、他のみんなのそばにいればええとは思う。けど、ワシに選ばせないキミらはとてもひどい。」
 選択肢があった方がよっぽどマシだったのだと呟くので、お前こそ酷い男だと言ってやった。
「選ぶなんてさせないからな。」
 受け入れろよ、お前にはそれだけの器があるだろ。そう押し付ければ、今吉がまた呻き声を上げ、それからぼんやりとしていた目を閉じた。もう寝ると投げやりに言うので、俺は黙って布団をかけてやってから部屋の外へと向かう。扉に手をかけた辺りで、今吉が呟いていた。
「わざわざ触れることないやろ。」
 放っておけと言う彼に、俺はうっすらと笑ってしまう。今吉はなんだかんだでツメが甘いのだ。
(傷痕に触れるチャンスを逃がすわけがないだろう。)
 俺たちで開いた傷は痕になった。だからこそ、その痕に俺たちが触れればお前はその優秀な脳味噌に鮮烈な記録を刻むのだろう。そうして記録にまみれたお前は俺たちを受け入れるしかなくなるのだから。
「おやすみ、今吉。」
 笑顔で伝て部屋を出れば、その瞬間に彼が身じろぎしたのを感じた。嗚呼、やっぱりお前は拒絶しない。そう感じて湧き上がる歓喜を受け入れながら、ゆっくりと自室に戻ったのだった。

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