緑今/蛍狩/告白話


 夏の日。土曜日の夕方。そんな時間に緑間から連絡が入った。曰く、明日の夜に蛍狩りに行きませんか、と。
 日曜日。部活は偶然にも休みだった。緑間のところへ行こうとバスと電車を乗り継ぐ。まだ昼間だから彼は部活中だろう。そう踏んだのに学校で生徒を捕まえて話を聞けば、バスケ部は休みらしい。人事を尽くす緑間のことだから下調べはしたのだろうが、オフが重なるなど珍しいこともあるものだと、そんな感想を抱いた。
 ならば緑間は家だろうなと見当をつけて彼の家に向かう。前に高尾と緑間との三人で遊んだ際に緑間家にお邪魔したのでその場所はきちんと覚えていた。
 呼び鈴を鳴らしてしばらく待つ。やがて出てきたのは緑間のお母さんではなく、緑間自身だった。目を丸くする彼に、おはようと挨拶すれば、もう昼ですと言われた。素っ気ないセリフだが、明らかに動揺の見える姿は微笑ましかった。
 時間まで緑間の家にいることに話がまとまり、夕方。そろそろ出ましょうと緑間が言うので、そういえば高尾はと聞けば、彼はいないと言う。ワシは目を丸くした。そんなこと、初めてだ。
(最初っから最後まで二人きりになるつもりか。)
 意識してしまえば心がざわざわと落ち着かなくなる。落ち着け、自分。緑間はわりと天然だから、高尾がいない現在は自分がしっかりしないと後が怖い。浮かれてて財布をすられでもしたら大変だ。

 電車に乗り、揺られる。夕陽が差し込む電車には人がまばらだった。夏の日曜日なのにと言えば、こういう事もありますと素っ気なく言われた。一人、また一人と電車から人がいなくなる。もう車両にはワシと緑間だけ。オレンジ色の車内で、緑間がワシの手に手を重ねた。顔を向ければ、前を向いたままの彼がいた。だからワシも前を向いて、どうでもないフリをした。
 そうして目的の駅に着いた。白熱灯が輝く夜の中、緑間が無言でワシを引っ張る。重ねられた手はいつの間にか繋がっていた。
 同じく蛍狩を楽しむのだろう、そんな家族連れや恋人たち、友人たちとすれ違いながらその場所を目指す。沢のそこは名前に聞き覚えのある場所だ。とても有名というほどでもないが、そこそこ有名なのだろう。同じ電車でやって来た人々に加えて、自動車でやってくる人もいた。
 ささやかな料金を払って、基本的な注意を聞いてからは自由行動だった。緑間が手を引っ張るのでワシはただそれに着いて行く。緑間は無言で、ワシもまた、何も言わなかった。通じ合うものがあるなんてロマンチストなことは思わないが、ただ、彼の好きにさせてあげたいと思った。不器用だけど優しい緑間がこんなにも行動してくれるのが嬉しかったのだ。

 連れて来られたのは人の少ない場所。夜の闇の中で蛍が静かに飛び交うそこは幻想的でありながら、どこか懐かしさを感じる。設置してあったベンチに座り、じっとその光景を見た。虫の音、沢の水音。そこに混じり、一体となる蛍の光。綺麗だった。綺麗すぎて、懐かしさとの相互作用で体を蝕むようだった。
 繋がったままの手に力が込められた。緑間を見上げれば、彼はただ、前を向いていた。でも、そのまま言葉を発する。
「好きです。」
 告げられた言葉は地に足がついているような確かさがあった。でも、繋がった手は震えていて、ワシと目を合わせなかった。緊張しているのだ。
「ワシも。」
 すき。そう伝えた言葉は震えてはいなかっただろうか。不安で、繋いだ手を握り直して。緊張していた。
 蛍が飛び交う夜の中。夏のぬるい空気、繋いだ手の温かさが心地良かった。

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