森→今/いつかの話/モブ今表現有/別れた今吉を慰める森山


「ほんまに大好きやったんやで?」
 今吉はそう言って笑った。その笑顔の痛々しさに、俺は顔を歪める。そして衝動のままに抱きしめてしまいそうな体を必死に宥めた。そんな俺に気がついていない、余裕のない今吉は続ける。本当に好きだったと。
「好きやったこと後悔してへん。でもやっぱり辛いやん。すまんなあ、森山クンに頼ってしもうた」
「いいよ。俺、たいしたことしてないし」
「ふふ、ありがとう」
 また笑う今吉がやっぱり痛々しくて、我慢が出来ずに体が動いていた。がちゃ、とテーブルに置いてあったコップ同士がぶつかる音がする。俺はカーペットに座る今吉を抱きしめていた。暖かいはずのその体はとても冷たく感じた。
 今吉は彼氏と別れた。そして俺の家に来た。たまたま別れてからすぐに俺が電話をかけたから、俺の家に今吉は来た。弱っていたからだろう、だから俺は今吉を家に来るよう誘導出来た。普段の今吉ならば絶対に出来ないことだ。
「森山、クン…?」
「泣けばいい。泣けよ」
「あんなあ、ワシにもプライドっちゅーもんが」
「辛いんだろ。すごく辛いんだろ。なら泣けばいいって。ここには俺と今吉しかいない。大丈夫。俺、今吉の泣き顔を見ないから」
 そう俺が言うと、今吉が息を止めた。どくどくと動く心臓を感じながら、俺は待った。少しだけ抱きしめる力を強くした。小さな嗚咽が聞こえてきたのはすぐだった。震える背中をさすった。
「っふ、う…」
 俺なら今吉を泣かせないのに、と思った。でも怖くて言えない。友人のカテゴリに居る俺は、恋人のカテゴリにはフられるのが怖くて踏み出せない。そんな弱虫な俺はこんな風に友人として今吉を抱きしめる。俺も、辛い。でも、離れるなんて考えられない。
(愛してる、から)
「…森山クン、もうええ。ありがとう」
「そう?」
「ほんまにありがとう。ちょっとスッキリしたわ」
「なら良かった」
 俺は今吉から離れる。今吉の目はほんのり赤くなっていた。目尻に溜まった涙を拭う今吉を見つめる。とても綺麗なものに見えた。キスを、したいと思った。
「ほな、帰るわ。」
「帰るの?もう少し居ればいいのに」
「やってこれ以上いたら迷惑ばっかかけてまうし…」
「いいよ。迷惑じゃないから」
「ワシが気にするわ。」
 今吉がそう言って笑う。痛々しさが幾分か減っていて、俺は少しだけ安心した。
 これ以上引き止めるのは俺の気持ちに気がつかられるかもしれない。だから俺は今吉を帰すことしにした。駅まで見送ることにし、そこまでの道のりでぽつぽつと会話して、俺は今吉と別れる。
「ほんまにありがとう。」
「今度は遊ぼう」
「せやな。またメールしようや」
「勿論」
 じゃあ、と人混みに消える今吉の姿に俺は自嘲の笑みがこみ上げてくる。俺って滑稽だなあ、と。
(馬鹿だなあ)
 弱味に漬け込んでしまえば良かったのかもしれない。いや、充分漬け込んだのかもしれない。でも結局告白は出来ていないままだ。
(愛してる)
 そう、愛してる。愛してる、今吉。いつか言えたら、なんて返してくれるだろう。
(出来れば俺と同じ気持ちにであって)
 そして今度はキスがしたい。



いつかの話
(メールをしよう)
(愛してるは言えないけど、たわいもない会話なら出来るから)

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