君の中の僕が見つからない/氷今/思考が迷走する今吉さんの話/君=今吉自身、僕=恋愛感情


 ソファに寝転がっていたらその顔が覗き込んでいた。変に懐かれたな、なんて同居人のことを思えば、その本人たる氷室は今吉さんはいつも寝ていますねなんて言う。
「タイミングの問題やろ。別に寝てばかりやないで。」
「そうですか? でも、寝ている今吉さんは素敵ですね。」
「あ、そう。」
「つれないところも今吉さんらしくて素敵です。」
「すまんなあ、宇宙人と同居するつもりはないわ。」
「あ、コーヒー要りますか?」
「頼むわ。」
 氷室が離れたのを確認して起き上がり、伸びをすればコーヒーの香りが漂ってきた。まだ微かなそれは袋を開けたことによる匂いだろう。心地よい甘みと苦みの香りに安心感を覚えれば、毒されたななんて自嘲の笑みが浮かんだ。氷室と同居して二年、氷室にすっかり浸食されてしまっている。
 最初は半年の同居のつもりが、いつの間にかこんなにも長くなってしまっている。そろそろ離れなければと思うものの、なかなか離れられないのはやはりそれだけ氷室という人間が自分にとって心地よいのだと心のどこかで思っているからだろう。厄介なことだ。
 大学を出たワシは様々な人との同居を繰り返している。それはなるべく様々な人の生々しい現実を知りたいからで、弁護士やらなんやらそういう仕事をしたいと思っていたのが別の仕事をしようと考えたことの表れだ。つまりワシは弁護士より小説家になりたいと思ったということだ。
 ワシに文章力と発想力あるのかなんて言われたらどうとも言えないが、大学で様々な勉強を重ねるうちにそれでも目指したいと思った。家庭教師のバイトをしながらコツコツと物語を書いてはコンテストに応募する。その中でスキルが身についていくのを感じて、何一つ無駄なことはないのだと強く思った。様々な人を同居の形で渡り歩くことも決して無駄ではないというとだ。だからこそ、ワシは氷室から離れたかった。
 二年前に再会した氷室は俳優の仕事をしているらしい。だから生活リズムが不規則で、何より毎日変わった出来事が起きているようだ。話を聞くことが楽しくて、疲れていてもついつい話し込んでしまう。それを氷室がどう思っているのかは知らないが、最近の分かりやすいアピールにより嫌ではないらしいことがわかる。そう、誤算なのだ。氷室がワシを愛しているらしいことは何よりの誤算だ。
 早く離れなければと焦る気持ちを改めて確認した頃、氷室がコーヒーをマグに入れて持ってきた。心地よい香りにくらりと目がくらめば、氷室は笑っていた。
「今吉さんはコーヒーが好きですね。」
 その言葉がどことなく、ワシが見つけていない心のくすぶりを見透かしたようで。だからワシは弱みを見せまいと何とか素知らぬふりしてコーヒーを飲んだ。口に含んだ一口分のコーヒーは確かに苦いのに華のある甘い香りがして、痛みを伴うほどに心が安らぎを覚えたのだった。



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