桜今/手のひらの上に君の心を置いて、真赤なソースでいただきましょう。/誘惑する今吉さん


 あの人の目を見てしまったらきっと僕は食まれて甘美な毒を注がれて、死に至る因子を植え付けられてしまうのです。
 土曜日の昼休憩。僕はいつも校舎の屋上に向かいます。鍵がかかっているはずの屋上の扉はその日だけ開いていて、キィと音を立てて開けばいつも待っているあの人が振り返って笑うのです。
「桜井遅かったなあ、今日もワシがいちばんやね。」
 ふわり笑うその人は僕らの主将の今吉さんです。初夏の涼しい風の中、優しい笑顔にほっとして、扉を閉めて鍵をかけてから今吉さんに近づきます。鍵をかけたのは最初の日にそうするように言われたからですが、僕はどうもこの時間を邪魔されたらと考えると惜しくてたまらないので今はもう半ば自主的なものでした。
 近付いた今吉さんの傍らには二つのお弁当。一つの赤い包みは今吉さん自身のもの、その隣の青い包みは僕へのもの。はいこれと渡されたそれに心が浮き足立つのを感じました。いつも自分でお弁当を作るので、お弁当の中身にわくわくすることはなくて、それが寂しいことだろうと今吉さんはこうしてお弁当を作ってきてくださいます。
「気に入ってくれるとええんやけど。」
「今吉さんが作ってくださるお弁当はいつも美味しいから大丈夫です!っああでしゃばってスミマセン!」
「ふふ、謝ることあらへんよ。でもま、今日も感想くれると嬉しいわー、次の参考になるしな。」
 楽しそうに笑う今吉さんに頬が赤くなるのを感じます。こうして無邪気な風に笑ってくださるのが僕のだけかと思うと嬉しくて飛び上がってしまいそうでした。
 青い包みから白いお弁当箱を取り出し、そっと蓋を持ち上げれば彩り豊かなおかずと真っ白なご飯が見えました。今日はふりかけをかけないでおいたのだけどと不安そうにする今吉さんに、とても美味しそうですと言えばふわりと笑ってくださいました。
 二人でいただきますと声を揃えて言ってからお弁当を食べ始めます。どれも味が濃くもなく薄くもなく量も丁度良くて、僕のことを想って作ってくださったことがよく分かるお弁当でした。嬉しくて一生懸命食べていると視線を感じて今吉さんを見ました。すると優しい目で僕を見る今吉さんがいて、少しズレているかもしれないけどとても綺麗だと思いました。
 お弁当を食べ終わるとデザートもあると今吉さんが新たな包みを出してくださいました。何だろうとわくわくしていれば僕に包みを開けさせてくださることになり、急ぐ気持ちを抑えてゆっくりと包みを開けば透明なケースに入ったレモンタルトがありました。一口サイズのそれに驚きながらケースの蓋を取ればレモンとカスタードクリームの甘酸っぱい香りが広がりました。
「ええレモンを見つけてな、つい。」
「すごいです!とても美味しそうで、僕が食べてもいいんですか…?」
「勿論や。むしろ、桜井のために作ったんやから食べてもらわな困るで?」
「ひえっ、スミマセン!スミマセン!!」
「はは、ほら食べてや。」
 指先を使ってタルトを手にとって、ぱくりと口に入れて咀嚼すれば甘酸っぱいソースの甘いカスタードクリームとクッキーのようなタルト生地が口いっぱいに広がって、気がつけばあっという間にその一つを食べ終えてしまっていました。
「美味しいです!」
「そらよかったわ。」
「あの、今吉さんも食べてください。って僕が作ったんじゃないのにスミマセン!」
「ええよ、ワシは味見したしなあ。」
「でも、あの、」
 渋る今吉さんに、思い切って一つを手に取ると今吉さんの口元に運びました。すると今吉さんは少しだけ驚いた様子になってから、ゆっくりと口を開いてくださいました。なのでその口にタルトを入れれば口が閉じ、その隙間から僕は指を引き抜きました。触れた指先が熱くて、まだ初夏なのに暑さで参ってしまいそうでした。
 ゆっくりと咀嚼した今吉さんは目尻を垂れて、唇をゆらゆらと動かしました。
「おいしいなあ。」
 そのとろけるような顔に顔が熱くて仕方なくて、顔を背けてしまえば、今吉さんが僕の両頬を両手で包みました。
「なあ、さくらい、」
 僕より上にある顔が僕を見つめていて、僕はその蕩けて垂れて堕ちてしまいそうな顔に心臓が鼓動するのを感じました。だから僕は衝動的な口付けするべく腕を持ち上げたのでした。

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