高今/心が黒く染まって貴方に似合う花と成るの/墨色/それは深い混色/高尾さんが腹黒いかもしれない。



 ぽつり、染。まるで墨を水に落としたように、じわりと広がる墨色。一滴程度じゃ一見して変化はないけれど、それが繰り返されれば水は墨色に染まるもので。
 じいじいと蝉の声がする。夏だ。今日も部活があったのに休みになってしまったので何もすることがない。真ちゃんに出かけないかとメールしたけれど却下されてしまったし、どうしようもできない。いや、何かすることは簡単であるけれど、俺のやりたいことは決まっていたのだ。そのやりたい事のために真ちゃんが必要だったのに却下されてしまって途方に暮れているのである。ちなみに緑間からの返信は「お前は肝心なところで一歩を踏み出せない馬鹿なのだよ。」である。流石だよ真ちゃん。本日のおは朝で一位だった上にラッキーアイテムがイースターエッグだったもんね。
 さてはて、どうしたものか。別に真ちゃんがいなくてもいいことなのだろうと誰もが言うだろうけど、俺にしてみれば真ちゃんが大いに必要だったのである。勇気がないとかではない。 一歩を踏み出せないのはまだ俺の何処かに良心が働くからなのだ。
 でも、たとえ心を痛める誤ちだとしても目的を達成したその先がほしいのだから。
(やっぱり会いに行こう。)
 手に持ったのは財布と携帯が入った黒いカバン。それを持ってスニーカーを履いて、玄関から飛び出した。

 電車とバスを乗り継げば目的地はすぐそこだった。バス停から歩いて数分。目の前の大きな建物の前に立つ。ここは図書館の入り口だ。
 少し待っていれば図書館の扉が開く。出てきたのは黒髪に眼鏡に細めた目。
「今吉さんこんにちは!」
 時間通りだ。

 驚いたと笑う今吉さんにダウトと言ってはしゃぎながら二人で歩く。こうやって会うのはもう五回目ぐらいだろう。そして今から向かうのももう定番の喫茶店だった。
 昼時を過ぎた辺りなので人がまばらな店内に足を踏み入れ、定番の席に座れば顔見知りとなった店員さんにコーヒーを二つとサンドイッチを頼んだ。どうせ食べてないんでしょうと笑って言えば、バレたかと今吉さんは笑った。
 頼んだものを待つ間にテキストを広げた今吉さんがそれにしてもと言う。
「よお知っとんなあ。謀(はか)っとるんやろ。」
「やだなあ。ちょーっと桃井さんとお友達なだけですよー!」
「ああ、桃井……ちなみに条件はなんなん。」
「俺って黒子をよく見かけるんですよねー。」
「あー。相変わらずやな桃井は。」
「恋する乙女、しかも一途。いやあ、輝いてますね!」
「せやね。」
 もうその目はテキストを追っていて、ノートは広げないもののしっかり記憶作業に従事しているのだろうと分かる。失礼だとか寂しいとは思わない。だって今吉さんは受験生で、他校の後輩むしろ敵に構うなんて論外だろう。他でもない今吉翔一という人の中でだ。
 でも、俺と喫茶店に入ってくれた。
「今吉さんってやさしいですよね。」
「そう思うんならそうかもしれへんなあ。」
「そうですよ。」
 だから欲深くなってしまうんです。
「名前で呼んでもいいですか。」
「どうしたん。」
 顔を上げない今吉さんの、その目が止まっていることに気がついた。心の何処かの良心が痛むけれど、そんな顔を見てしまえば俺は墨を落として仕方がなくなるもので。
「翔一さん。」
 今吉さんが顔を上げた。目は開かれて、その鋭い目つきが疑問と驚愕で染まっていた。
「墨の色って俺みたいじゃないですか。」
 深い混色は何より重く罪深いのだとしても、貴方の水を染めてしまいたいのです。

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