笠今/雪降る日の


 勉強をそこそこやって、コートとマフラーに手を伸ばした。そしてそれらを身につけて、サイフをポケットに突っ込んで、俺は家の外に出たのだった。
 外は寒い。冬だから当たり前だろう。どこに目指すわけでもなく、俺は歩いた。今日はここ最近1番の冷え込みで、雪が降るとすら予報されていた。そういえば、彼奴は雪とかそういうロマンティックなものが結構好きだと言っていた。雪なんてチリと氷の塊だが、雪にはしゃぐのは案外悪くないものだ。雪合戦とか。
 ふと頬が冷たく感じた。雪が降っていた。ちらちらと降るそれは決して積もるものではないだろう。それでも、彼奴は喜ぶのだろうか。
「あ、笠松クン」
「…今吉?!」
 突然声をかけられて、その声で彼奴だと判断して、俺は驚いて振り返った。彼奴、今吉が立っていた。真っ黒なコートを着ていた。
「おま、なんで」
「なんでも何も。ワシは嬉しいで?」
「違う。そうじゃない。」
「なんや、嬉しないん?」
「嬉しい」
「ならええやん」
 ニコニコと言う今吉に、俺は丸め込まれたことを自覚しながらじとりと観察した。今吉はコートを着ていた。防寒具はそれぐらいのようで、少しばかり寒そうだ。
「なあ、」
「なんや?」
「寒くね」
「うーん、寒いねんけどな。」
「だよな」
「でもそれ以上に、嬉しいし楽しいやん」
「は?」
 俺は眉を寄せて、そう言った。でもすぐに理解する。そして気恥ずかしく思う。恥ずかしいのは今吉もらしく、頬が明らかに寒さとは違う意味で赤くなっていた。
「雪ぐらいではしゃぎすぎたろ」
「…意地悪狸」
 わざと少しだけずれた事を言うと今吉はそう言って顔を背けた。俺は少しだけ笑って、自分のマフラーを外した。それに気がついた今吉が急いでこちらを見た。だが俺は決めたんだから、もう遅い。
「ほらよ」
「ちょ、」
 俺はマフラーを今吉の首に巻く。今吉は、これじゃあ俺が寒いだろうと外そうとしたので、俺は強引に片腕を掴む。
「じゃあ行くぞ」
「どこに?!」
「そうだな、ファミレス?そこならあったけえだろ。何か食って、あったまったら買い物。」
「…ちなみに何買うん」
「お前のマフラー。手袋もいるか?」
「マフラー、だけでええ」
「あっそ」
 俺は手袋も買うことを考えながら近くのファミレスに向かう。幸いなことに現在地は俺が知る街だった。その途中で、名残惜しいが今吉の腕を離した。腕を引っ張って歩く図は不自然だからだ。隣を大人しく歩く今吉に安心するも、何と無くぼんやりとしていて、雪を見ているらしいと分かった。だから、今吉はそれなりに口数が多いのに静かにしていた。それに何時もは細めている目が開いていて、どこかきらきらとしていた。そんな目がとても綺麗で、少しだけ、妬いた。

 ファミレスに着くとすぐに案内されそうだったので窓に近い席にしてほしいと店員に告げた。今吉はそんな俺に少しだけ目を見開いていた。そんなに驚くことでもないだろう。
 軽く食べて温かい飲み物を片手にぼんやりと外を眺める今吉を観察する。食べている時はちゃんと食べていたし、俺とも十分に喋ったので問題はない。
「何で、そんなに雪が好きなんだ?」
「んー、なんでやろ。」
 今吉はこちらを見てへらりと笑う。気の抜けた笑顔に、俺は気がつかれぬように周囲を見回した。こちらを見ている人はいないようだ。こんな気の抜けた笑顔をあまり大勢に見せたくない。独占欲なんて、当たり前だろう。
「なんか、儚いやん」
「まあ、積もらない限りすぐ消えるしな」
「積もっても、ずっとあるわけやないで?」
「そうだな」
「儚いから、ずっと見ていたくなるんや」
 俺は今吉の次の言葉を待つ。今吉が少しだけ寂しそうに見えた。
「少しだとしても生きていた軌跡を見ていてあげたい、なんて、思うねん」
 そう言うとコーヒーを一口飲んでいた。照れ隠しだろうか。随分と優しい思考に、俺は抱きしめてやりたくなった。だが我慢する。マフラーと手袋を買ったら俺の家に寄らせようと思った。
「じゃあ行くか」
「せやな」
 さて、こいつにはどんなマフラーと手袋が似合うだろう。買ったら家に寄らせよう。そして目一杯甘やかしてやるから。
「覚悟してろよ」
「…は?」



雪降る日の
(愛しい愛しい優しいお前)

- ナノ -