古→←今/またお留守番だわわたし/両片思い/捏造/夏の話


 蝉の鳴き声がする。どんな種類かなんて分からないが、どうにも煩くて耳が痛い。耳を塞いだところで両手が塞がる不便さに耐えられないのだから、俺にはどうしようもなかった。ふと、目の前を見れば登ってきた石段が見えて、田舎の祖父の家に帰ってきたのだと実感した。
 俺は外面が悪い方ではない。だから親戚の家に行くことは特に苦ではない。面倒だなと思えばこうやって抜け出してしまえばいいのだ。優等生だから注意なんて最低限で済む。
 木陰が揺らめいている。俺は神社の柱を背に座っていた。石段を登った時の汗はもう引いていて、日陰とそよ風によってすっかり汗なんてないものになっている。自動販売機は無いので家から持ってきた水筒から水を飲もうとすれば、氷がからころと音を立てた。
 喉を潤し、ぼんやりと前を見ていれば、日の照っている田舎の風景があった。きっと人は美しいと思い、哀愁を感じるのだろう。俺にとっては、また今年もか、というだけだけれど。
 ごろりと寝転がって目を閉じる。神様に失礼だとかそんなことは気にしない。一応祟りとかは遠慮したいので、来た時に諸々のお祈りはしておいた。花宮のやり方を否定したりしない俺だが、流石に物心ついた頃からの教えは守る。この神社は大切にしなさいというやつだ。つまり俺は無神論者を気取る有神論者である。
 と、と、と誰かが石段を登って来る音がする。目を開けて起き上がらないとと思うけれど、どうせ知り合いだろうと高を括って体勢も瞼の位置も変えないまま。だから、聞き覚えのある声で名前を呼ばれて反応するのが遅れてしまった。
「あ、古橋やん。」
「……今吉さん?」
 目を開いて起き上がれば、へらりと笑うその人が居て。何でどうしてと思う前に、日照りの中のその人を隣に招くことにした。神様、どうか大切なこの人も許してはくださいませんか。
 今吉さんは俺が勧めるままに隣に座って、笑う。
「まさかキミが居るとは思わんかったわ。どうして此処に居るん?親戚の家でもあるんか?」
「祖父の家が。」
「へえー、そうなんや。ワシも似たようなモンやで。ただし、来たのは初めてやけど。」
 今吉さんは俺と同じように水筒で持ってきた水を飲んだ。からころと氷がぶつかる音がする。喉仏が上下する。蝉の鳴き声がしていた。
 飲み口から口を離した彼は言う。
「古橋は明日も此処に来るんか。」
 そう言った今吉さんに、俺は言う。
「明日は来ません。」
「明後日は。」
「帰ります。」
 そう、と言った今吉さんが寂しそうに見えたのは、きっと俺の都合のいい妄想だろう。
「ワシは今日から一週間やで。」
 泣きそうなのは、幻想だろう。
「それなら、今日は一緒にいましょう。」
 思わず言えば、今吉さんは驚いたようにこちらを見て、目を開いていた。だから俺は言うのだ。
「夕方まで一緒です。」
 暗くなって道が分からなくなる前まで。今吉さんは暑さで溶けたみたいに笑う。
(それなら、俺だって寂しくない。)
 嗚呼、なんて都合のいい話。



title by.さよならの惑星

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