福今/えんどうを食む


 下処理をしたえんどうをボウルからざっとフライパンに移す。中火で炒めて、仕上げに塩コショウを振れば出来上がり。大きめの皿に盛り付け、ソファーで昼寝をしている今吉へと近づく。白いご飯は炊きたて、わかめと卵のお吸い物はまだ温かい。昼食だからこんなもんでいいだろう。夢の中の今吉を揺さぶり、起きろと言えばうめき声を上げてそっぽを向いた。かなり熟睡しているなと思わず笑みがこぼれ、昼寝にしては寝過ぎだともう一度揺さぶる。三回繰り返せば、今吉の目があいた。相変わらず目つきが悪いが、今吉なら愛嬌があるように見えて今度は声に出して笑ってしまう。今吉が不可解そうにこちらを見ている。そんなことより起き上がってメシ食うぞ。
「わかっとる……いい匂い。」
「今日は庭でえんどうが取れただろ。あれ炒めた。」
「あー、あれ。美味しそうやったもんな。」
 ソファーから起き上がった今吉を見てから席に移動した。テーブルを挟んで向かい合って座り、いただきますと手を合わせてから食事を始めた。
「うまい。」
「そりゃよかった。」
「夕飯はワシが作る。」
「二人で作れば早いだろ。」
「朝も昼も福井が作ったやん。ワシなんもしとらん。洗濯と掃除したけど。」
「充分じゃねーか。」
 ぱりぱり、えんどうの歯ごたえが楽しい。種をまいて作り始めた時はどうなるかと思ったが、美味しく育ってよかった。俺も今吉もマメな方だからちゃんと世話も出来たし。来年も食べたいと思っていれば、少しだけ気分が下を向く。
 俺たちはこうして同居しているが、ただ同居しているだけだ。世間から認められるような手続きなんて一つもしていないし、家に詳しいことは話していない。同居を始めて二年。毎日が幸せで、毎日が苦しい。この生活の終わりとなる穴が至る所に点在していて、それを避けるだけで必死だ。そのせいで今吉と喧嘩したこともある。何と無く丸く収まったけれど、根本的な解決は出来ていない。
(プロポーズとか出来たら、よかったんだろうけど。)
 色々と考えたらこのままがいいのかもと思ってしまう。弱虫なのだろうか。多分、違う。同性のパートナーを持つには、今の日本ではかなりの覚悟が必要なのだ。それができないのはきっと、弱虫と片付ける問題ではない。何が悪いとも言わないけれど。
「なあ、スーパー行かん? サイダー飲みたいんやけど。」
「甘いやつ?」
「甘くないやつ。」
「それなら冷蔵庫にあったんじゃね?」
「残念ながら掃除の合間に飲んでもうたわ。」
「……特売だといいな。」
「いや、この間みたいなケース買いはもうせんわ。」
「そうしとけ。」
 食事が終わり、ごちそうさまと挨拶をしてから食器を二人で洗う。俺より今吉の方が綺麗好きだから、掃除も食器洗いも今吉の方が向いている。別に俺が大雑把でテキトーなわけではない。むしろ細かいことに気がつくとよく言われた。そういえば高校のバスケ部のチームメイト達は元気にしてるだろうか。連絡は二週間前が最後だった。ただし岡村とは頻繁に連絡をとっている。何だかんだで馬が合うし、何より色々と相談しやすい。というより岡村は聞き上手なのだ。大きな美徳だと思うが、まだ恋人はいないらしい。正直、かなりの優良物件だと思う。そのことは今吉とも意見が一致しているので自信がある。
 二人で簡単に出かける準備をする。ケースで買わないなら車は出さなくていいなと、キーは持たない。財布と携帯、それだけで充分だろう。二人で玄関を出て、鍵を閉めて、出会った大家さんに出かけることを言って、見送られて。殆ど車の通らない車道を並んで歩けば、帽子が必要だったかもしれないと笑って話した。夏みたいな日差し、日焼けしそうだ。
「夏になったらスイカ食べるで。」
「いいなそれ。」
「来年はスイカも育てられたらええな。」
「そうだな。」
 当たり前のように交わされた未来の約束と、何でもない風を装って発せられた願いに息が苦しくなって、立ち止まりそうになる足を必死で動かした。
(夏も、同じ家で、暮らしたい。)
 本当は、いつまでも同じ家で暮らしたい。本当は、家族になりたい。
「あっついわあ。」
「夏になったら、もっと暑いだろうが。」
「せやね。」
 喉がひくつく。
「カキ氷、食ったら涼しいかも。」
 今吉は笑った。
「冬でも美味しいかもしれへんで。」
 それ以上の約束をしたかった。



えんどう
「いつまでも続く楽しみ」「永遠の悲しみ」「約束」「必ずくる幸福」
2015.5.4 5番今の日おめでとうございます。

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