黛今/ハリエンジュ・ニセアカシア


 白い花が、ひとふさ。
 新緑の季節、爽やかな山道。艶やかな黒髪と、細めた目。決して華奢ではない指の先がほんのりと赤くて、生きているんだななんて馬鹿みたいなことを思う。山の中、白いハリエンジュの花の下で今吉は俺へと振り返った。
 あのキセキの先輩をやってた当時三年生だったメンツが集まった、仲の良いグループがある。そこに俺も今吉も属していて、山へと散策に行こうと発案した一人に数人が乗っかった。俺は行かないつもりだったのだが、今吉に誘われて断り切れなかったのだ。それは今吉の話術もあるが、それよりも俺が今吉に特別な感情を抱いているからにほかならなかった。

 自分でも物好きだなと思う。今吉は華奢でもなければ背が低くも声が高くもない、俺が嫁と宣言している二次元の少女たちとは似ても似つかない。そもそも、俺が二次元の少女たちに抱く感情と今吉に抱く感情も全く違うものだ。
 二次元の少女たちには可愛い可愛いと愛でる感情がある。それは歳の離れた姪っ子や甥っ子に抱くものに近いのだろう。けれど、今吉に抱くのはもっとさっぱりとしている。近づきたいとはもちろん思う。けれど、手に触れたいだとか抱きしめたいだとかそういうものとは違う。話しをしたいとももちろん思う。けれど、あれこれと教えたいのではない。恋や愛を語るのなんてもってのほかだ。
 今吉へと抱く感情を俺はなんと称したらいいのだろうか。

「黛、見てや。綺麗やろ。」
「そうだな。でもその言い方は間違っている気がするけどな。」
「確かに。まるでワシの所有物みたいやな!」
「この山は森山の親戚の持ち物だったか?」
「さっきお家に挨拶したやん。ボケたん?」
「そんなわけないだろ。」
 クスクスと笑う今吉を、俺は確かに綺麗だと思う。カメラが手にあったらきっと写真に収めていただろう。でも、それはきっと恋愛感情ではない。もっと単純で、だからこそ説明の仕方が分からないものだ。
(でも、もしも俺と今吉の関係が友人でなければ、説明が簡単に済んだのかもしれない。)
 そう思って、はたと気がつく、俺はもう分かっているのかと。でもそれがうまく言葉にならなくて、黙り込むしかないのだ。
 今吉は歌うように滑らかに話しを続ける。綺麗な花だろうと、自分はこの花が気に入った、そして俺もこの花を気に入っただろうと。
「だって、黛はずっとこの花を見とるやろ。」
 事実とは違うことなのに、今吉を見ていたのだと訂正することは俺の意に反している気がした。そうじゃないだろう黛千尋と、俺の中の誰かが指差して笑う。
 俺は、今吉にどんな感情を抱いている?
「黛は考えすぎなんやろなあ。もっとストレートに行かな。しがらみはそこに必要か?」
 突然、今吉がそんなことを言うので俺は驚く。さすがは心を読むとまで言われる男だと俺は場違いにも感心した。
「面倒な概念なんかほっとき。んで、省いたその時に何が残るか。ほら、言うてみ。」
 今吉がニィと笑う。だから俺は考えて、考えて、でも言葉に出来なくて。もどかしくて唇を噛めば、数歩歩いて近寄ってきた今吉の、ほんのり染まった指先が俺の唇をなぞった。これは、違う。
「ハリエンジュ、慕情(ぼじょう)。」
 今吉の唇が滑らかに動く。
「ニセアカシア。」
 ほうら、ぴったり。と。



ハリエンジュ
別名:ニセアカシア
花言葉「慕情」「親睦」「友情」「優雅」「頼られる人」
2015.5.4 5番今の日おめでとうございます。

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