命名せよ、未来の僕ら/笠今/察せてしまっていたから大切なことを伝えていないふたりが不安がってる話/副題:自業自得の成れの果て
!後味が悪いかもしれません!


 目を離したら飛んで羽ばたいて行ってしまうような奴だから。
 隣に並んで歩く。街の中は春めいていて、日差しは暖かい。まだ冷たい風を頬に感じながら俺は自然と手を握りしめる。繋がっていないこの手が、不甲斐なかった。俺はまだ体裁を気にしてしまうのだ。それ以上に、奴こと今吉が嫌がるからだけれど。
 今吉は周囲に関係を隠したがる。俺だって明け透けにするつもりはないが、気心のしれた友人たちには伝えてもいいと思う。しかし今吉はそれすら嫌がった。もう彼らは察していて、公然の秘密とも言えるのに。それでも、今吉は言葉にして伝えることを嫌がった。
 愛されていないとは思わないし、愛が伝わっていないとも思わない。恥ずかしいのだと言うけれど、それにしてはやけに嫌がるから不可解な気持ちになる。お互いに愛し合っているという確固たる自信が日に日に綻んでいっているのではないかと思ってしまう。今はまだ確固たるものだけれど、いつか綻びが大きくなって崩れてしまうだろう。それは何としても阻止したかった。けれど、今はまだその時ではないのだろう。今吉は秘密でありたいと望んでいる。それに疑問を問うことは野暮なのだろうか。俺はそんなことすら分からなくなっていて、少しだけ不安になる。

 隣を歩く今吉はキョロキョロと周囲を見ている。観察を好き好む奴だから、こんなことはしょっちゅうだ。足取りはしっかりしているが、この調子だと何かにぶつかってしまうだろう。休憩がてらベンチへと連れて行き、座らせる。今吉は瞬きをした。
「ありがとなあ。」
「おう。危ねえから観察ならなるべく立ち止まるか座れ。」
「それ何度目やろ。」
 くすくすと楽しそうに笑う今吉に、自覚があるなら治せよとため息を吐く。でもこんなやり取りでも今吉が心を許してくれていることが分かって安堵する。まだ大丈夫。これからも多分大丈夫だろう。
 俺たちは相思相愛なのだから。
「あー、春か。もうすぐそこやな。」
 目を細めて伸びをする今吉に、そうだなと相槌を打つ。暖かな日差しが心地よく、冷たい風が眠気を覚ます。丁度良い季節だ。
「過ごしやすい季節で嬉しいわ。」
「春本番になると夏の気配がしてくるからな。」
 そうそう、と今吉は笑う。その顔は晴れ晴れとしていて、受け取っているなと思う。愛は伝わっている。
 だから、大丈夫。
「明日は、どこに行く。」
 今吉はそうだなあと笑う。
「何処へだってええよ。」
 ならば、と俺は言う。
「俺の家にするか。ギター触りたがってだろ。」
 それはいいなあとか、決まりだとか、そういった返事がなくて今吉を見ればそこには笑う奴が居て、心とちぐはぐに見えて。
「そしたら、土産は何にしよか。」
 どうして、そんな顔をするのだ。



お互いに告白はしていません。ただしそのことを今吉さんは自覚しているけれど、笠松さんは自覚していません。笠松さんは付き合っていると思っていて、今吉さんはまだ付き合っていないと思っています。両想いの少し変わったすれ違い。このお話では今吉さんの方が思考を読むことが上手いです。

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