笠今/サプライズ×バレンタイン



 ゴムベラでボウルの中のチョコレートを混ぜる。やがてそれは溶けきって液状になる。それを半球体の型に流し込み、少し待ってから逆さにする。そうして余分なチョコレートを落としてからチョコレートが完全に固まるのを待った。やがて出来たチョコレートにナッツなどを入れて二つの半球体を合わせれば完成だ。

 本日はバレンタイン。日本独特の楽しみ方を謳歌しようではないかと、ワシはこの日のために妹を巻き込んで練習した菓子作りの成果を披露しようとしていた。もちろん相手はお付き合いをしているあの男前である。

 シンプルなラッピングまで済ませたチョコレートを紙袋に仕舞って家を出る。神奈川に行こうと駅で切符の値段を確認していれば、おいと声をかけられる。その声にまさかと思って振り返れば、不機嫌そうなカレシがいた。
「笠松、どうしたん。」
「サプライズだ。サプライズ。さっさと行くぞ今吉。」
「ちょ、」
 腕を引っ張られて早足でついて行けば贔屓にしているいつもの喫茶店だった。いつもの席に座って、いつものように珈琲を頼めば、笠松はすぐに話を切り出した。
「ほらよ。」
「えっと、この青いビニール袋はなんやろなー、なんて」
「何って、今日はバレンタインだろうが。」
 訝しげに言われて肩の力が抜けた。この男前はこんなことにも男前を発揮するのか。まさかこんな行事に乗るとは思わなかった。素直にそう言えば、それもそうだなと言われる。
「ま、お前と付き合ってからだ。少しは気をつけようと思ったんだよ。」
 思わず両手で顔を覆えば、おいと不機嫌そうな声で声をかけられる。そしてゆっくりと優しい動作で両手を顔から離され、手首を掴んで言う。
「お前もあるんだろ。」
 ニッと笑われて、敵わんなと乾いた笑いがこみ上げる。店内は静かなジャズが流れる他は人の小さな囁きが聞こえるだけだ。だからワシは声を潜めた。
「あるけどなあ。気に入るかは分からんで?」
「お前がくれるモンに外れはねえよ。」
 その言葉にこれはしめたと思って紙袋を差し出せば、気がついたらしい笠松の顔が驚いたものになる。手作りなのかと耳を赤くする笠松に、何だかからかうのが勿体無くなる。だからゆるゆると頬を緩めて、ワシは微笑む。それに気がついた笠松が、ビニール袋を開けるようにいうので言う通りに開けばあったのは一枚のCDだった。
「前に気に入ったって言ってたやつだ。曲名で分からなくても聴いてみればすぐに分かると思うぜ。」
 探すのに手間取ったと言う笠松の前で、アルファベットが並んだCDのケースを撫でる。ゆっくりと自分の顔が赤くなるのを感じた。だってこの曲を好きだと言ったのは随分前だし、ほいと投げるように言っただけだ。それを覚えてくれていたことが、探し回ってくれたことが、滑稽なことなのにそれが笠松のしてくれたことだと思うと途端に愛おしくなった。
 なあと声をかければ笠松はこちらを見てくれた。その顔は赤みが引いていたけれど耳はまだ赤いまま。自分の頬はまだ火照っているようで、ワシも笠松も初心だなあと笑みが溢れた。
「今週末も外泊届け取っとるんやけど。」
 笠松は瞬きをして呆れたように、嬉しそうに告げた。
「なら母さん達に話しとくからな。」
 嬉しくて愛おしくて。それなのに笠松に触れられないのだから、そっとCDのケースを撫でた。

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