笠→←今/目に見えないものに夢想する/怖がる笠松さんと強行突破なんて考えもしない今吉さん



 この手紙をキミが読むことはないやろな。
 アイツが帰った俺の部屋に置いてあったその紙切れにドクリと心臓が鼓動した。この一文から始まる紙切れは二つ折りにしただけのもので、長い文章が書かれているらしかった。勿論、最初の一文は俺がこの手紙を読まない、つまり開くことをしないということではなく。この一文により俺が思い留まるであろうということだ。その事に苛立ちを覚えるが、俺は手紙であるというその紙切れを閉じてゴミ箱へと静かに落とす。思い通りになるのは癪だが、どうしようもない。俺はアイツが怖いのだから。
 訂正しよう。正確には、アイツの本心を何かの拍子に知ることが怖いのだ。アイツも俺には隠し事が出来ないなどと言いながらも、それが分かっているのだろう。だからあんな紙切れを置いた。
 アイツは踏み込んでほしいのだ。身体の内面、心の内側。柔らかく、殻の無いそこに。他の誰でもない俺にだけに踏み込まれたいと思っているのだ。しかも自発的にである。でなければこんなことを仕掛ける必要なんてないのだ。アイツの話術なら俺に踏み込ませるよう誘導するのは容易い。けれどそれをしないのは単に受け身な姿勢なのではなく、俺が怖がっているからだ。
 アイツはきっと俺ともっと距離を縮めたいのだろう。でも俺はそれを怖がっている。俺が無意識と言っても過言でない状態で怖がっていることを、アイツはさせるやつではない。アイツは人の嫌がることをすることを厭わない節がある。しかしそこにはアイツなりの境界線があって、俺のようなものには絶対に手を出さない。それでも俺にこうやって仕掛けるのは、やっぱりアイツ自身が心から望んでいるということなのだろう。
 アイツが諦めればいいことだと思う。でも、俺が怖がらなければいいことでもあると思う。そもそも俺はこれに怖がるような心ではなかった。でもアイツだけは別だった。そう、誰にでも笑顔で接する今吉翔一だからだ。

 結局、俺は今吉の分かりにくい優しさが好きなのだ。誰にでも見せるようなその優しさが俺は好きで、それが俺だけのものであった場合に、俺はその今吉を好きになれるのかが怖いのだ。それは今吉が変わってしまうことを示唆しているからで、変化なんて慣れきってるのに、やけに怖い。俺のことを男前だなんて言うやつらが知ったらきっと失望するだろう。結局俺は変化を怖がる至って普通の人間でしかないのだ。

 部屋の中、さっきまで今吉が居た気配がする気がした。俺はゴミ箱のゴミ袋を取り出し、しっかりと袋の持ち手を結んだ。明日はゴミの日だっただろう。親への言い訳なんていくらでも出来るのだ。
「さよなら。」
 手紙にそんなことを言っても仕方が無いのに。

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